寛容なソーシャル・キャピタル  コミュニティ

先日アップしたサロベツ座談会http://www.hkk.or.jp/kenkyusho/file/report_20100719.pdfを包括するある研究会で、先日、別の座談会を行いました。昨年6月から9月まで、全道の1200人にアンケートした結果がまとまったのを機会に開いたものです。

そこででたキーワードの一つがこれ、「寛容な…」。地域の力になる「柔らかいこころの元手」がソーシャル・キャピタルと言えますが、これが北海道の各地の、コミュニティやある年代に、形をあまり見せないままでたっぷり残っている、というのがアンケートで見えています。

驚くことは、コミュニティに宿るらしい息苦しさ。特にいちど都会生活をした方などが、自由記述でずいぶんボヤキのように述べています。「田舎はすぐ噂になって大キライ」「つきあいが面倒くさい」などなど。

助け合いなど色々とイイコトもある地域のもう一つの一面といえるのでしょうか。たしかに他人との距離の取り方は微妙です。上手な距離感、これはある種、巧みなワザかもしれませんね。

ある女性の方は言います。
「でも、本州の地方ならもっともっと息苦しい(はず)」。
「そっかあ、北海道はその点、寛容なソーシャル・キャピタルがあるのかもしれませんよ」

そういえば、移住者の多い伊達市は宮城の伊達藩が集団で移住したのはご存じの通りですが、わたしが北海道に移り住んだざっと40年前、伊達衆はよそ者を受け入れない、というので有名でした。その点、近年の道内では、旅行者などには特に親切で「泊まっていきなさい」などと声をかけられる、と本州人は驚きます。

もともとコミュニティの強いきずなは、外的から身を守るのが起源だとすれば、開けっぴろげなソーシャル・キャピタルは、例え貧しくても実におおらかな、競争をあまり入り込ませない風土からきたのか、と思いますし、たしかに本州の多くの人が北海道の印象をこう語ります。でもある経営者は「北海道人はおおらかすぎてコスト意識がなさ過ぎる」などと言うのも聞きます。

先の座談会である女性参加者が「幸せ筋肉」と呼んでいるのも、ソーシャル・キャピタルのひとつに他なりませんが、これが感性豊かな女性にたくさん付いている、とわたしは観察しています。

ソーシャル・キャピタルという物差しみたいなものを使って、土地の良さ、癖、プラスマイナスを話し合って見るというのは、風土と精神を語るようでなかなか興味が尽きません。
雑木林&庭づくり研究室
http://homepage3.nifty.com/hayashi-kokoro/index.htm
NPO法人苫東環境コモンズ
http://homepage3.nifty.com/hayashi-kokoro/commons00.html
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