山仕事が哲学させる  林とこころ

日本森林保健学会の北海道セミナーが植苗病院であったので、
http://www.forest-humanhealth.com/hokkaido.pdf

苫東ウッディーズの山仕事は午前中、いつもの大島山林から植苗病院の保育支援に振り替えて、午後は、作業服を着替えて病院2階の学会のセミナーに総勢5人で参加。テーマは「森で子供が花開くために」。

予想以上の盛況で30名。森林が心身の健康、特にこころの成長や情操に欠かせない、ということを新たに発見された幼稚園園長先生、小学校の先生の報告を聞く。冒頭には、いち早く取り組んだというドイツなどの事例を東京農大の上原巌さんが基調報告されました。

教育、環境、コミュニティ、心の病、若者の独りへの恐怖性向、モンスターペアレントと
クレーマー社会…。子供たちの、いや大人も含めての話になるのですが、成長を阻んだり
ゆがめたりするいろいろな壁がある、と思いつつお聞きしました。

で、かつて欧州と日本の人々の森とのかかわりに関するアンケート結果では、どうも
日本人の法がドイツやフランスの市民よりも、かかわりがずっと薄いものが示されました。
極端に言えば、欧州では、森に行って悩み事を解決してくる、みたいな表現が出て
来ます。

また、あつフランスの学者は、大人が子供に対してやってあげるべきことはたったひとつ、
好きになるまで連れて行って挙げることだと結論付けました。


しかし、日本文化が森や里山の恵みに気づかなかったわけではなく、自然や林と付き合う精神風土があるところで寸断されているのだと思います。寸断した力はなにか。そこには教育の舵きり、教育へのバイアスがあると思う。この議論は難しいですが、日本が危機に至ったときなどに世論の成熟という形で乗り越えるべきことかもしれません。(それが今だ、という人と、いやいや、まだ先だと言う人がいるでしょうけど。)

それは「尊厳」というものの軽視と、言葉の自然保護への過度の傾斜が原因ではないかと思います。身近な自然の場に光りをあて子供を連れて行き、大木や神社や高い山を経験させ、祖父母ともよく付き合い、手仕事の気持ちよさを繰り返し体験する…。

 雑木林をプレイパークにしていくコモンズのささやかな営みは、その一部に関与するということになります。NPOはそんなミッションを秘めているわけですが、そんなこんなをイメージしながら、愚直に「やまご」に徹する。しかし、なんというんでしょう、
わたしたちの作業と懇談を聞いていれば、なんだか「哲学するヤマゴ」みたいな面があると
思うのですがいかがでしょう。山仕事が哲学させる、そんな感じ。クリックすると元のサイズで表示します
雑木林&庭づくり研究室
http://homepage3.nifty.com/hayashi-kokoro/index.htm
NPO法人苫東環境コモンズ
http://homepage3.nifty.com/hayashi-kokoro/commons00.html
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