都市が排除したもの  北海道と自然

昨日は、久々の小春日和みたいな、からっとした天気でした。
きっと、生きとし生けるものすべてが快適と感じるような、そんな空気。

そんな日には、結構、カナヘビ君が出てきます。昨日、今季初めて
彼(彼女)と会いました。尻尾が切れておなかがぷっくりの、チェンソーの音にも
ひるまないで冥想テラスの枕木の間を出たり入ったり。

驚くことに、昨日は今年5本目のヘビちゃんの抜け殻を発見。2,3匹は
いるとしても、今年、かなりの成長があったのでしょうか。やはり、成長が
よければ複数回脱皮するといいますから。

思えば、これらハ虫類やコウモリなどは、都市の内部ではほとんど見かけなくなった
ものの典型ではないか。住み場所がない。住み場所とはまとまった植物的自然とすき間。
これらを徹底的に追い出した都市は、ついでに自然とともにいるアメニティを
排除し、揚句、アメニティを感じる感性も失いつつある。現実は、都市の環境を
息苦しいと思う人は、そのつど、観光やレクで直接現場へ出向け!、と。

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以上のような日記を「どっとねっと」にアップしたら、年配のYさんから
下のようなコメントがきました。

>昔よく見た風景です。今、こういう小動物をみると、懐かしく、
>何となくほっとするような。(^^)

そうなんですよね。昔はみんな、多様な生き物と一緒に住んでいたんです
よねえ。
今は、便利優先の都会に住みますから、考えてみると、
ただただ徹底的に、人とペットだけにした世界ですね。養老猛さんは
「よせばいいのに、体の自然まで追い出しちゃった」という意味のことを
言っています。これは意味深です。

体の自然といえば、人間の身体こそ、宇宙の法則と相通じた仕組みで
動いているのではないか。人間は科学を自慢するが、まだ生命を作ることは
できない。与えられた生命をせいぜい生き切るだけです。

都市と自然、都市と人間、人間と自然。
これに対して、ひとつの理想は、適度な都市と適度な自然。わたしなら、
野生生物もすむ本格的な都市林を夢見ます。3000〜5000ヘクタール。
前述した300ヘクタール程度のセントラルパークではわたしは物足りない。



ところで、札幌のヒグマはどうしたのでしょう。三越のそばでみかけたり、今朝の新聞では南16西10の石山通を横断したというじゃありませんか。確かに、ドングリはあまりなっていないようです。





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雑木林&庭づくり研究室
http://homepage3.nifty.com/hayashi-kokoro/index.htm
NPO法人苫東環境コモンズ
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