菩薩の死  林とこころ

雑誌「致知」で出会った空海のことば。「過ちを犯して地獄に落ちても仏にいたることは可能だが、よいことを知っていて伝えない罪は大きく仏への道は閉ざされてしまう」。

なんと、常識からは離れたスーパーな感じ。よいことを人に伝えず知らん振りしていれば菩薩の死だ、と。引っ込み思案、出たがらず、奥ゆかしさなどという性格や徳めいた態度を厳しく否定しています。まさに、なんと、です。

菩薩というのはまだ仏に至る前段で、いつでもタミの力になってくれる有難いお方。希望の光であります。これは各人が菩薩の可能性を本来備えているというとてつもないメッセージが前提になっているように読めます。

つまり、仏性(誰にもある本当の良心みたいなもの)としてある積極心をスポイルするな!修行(=人生)で到達した知、悟りは周りに伝えよ・・・。

この力強い肯定。われわれ市井の人間に積極心で生きよという道筋を示す魔法の言葉か。



雑木林&庭づくり研究室
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タグ: 仏性 積極心 肯定



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