言葉選びと感性鈍磨に思う  芸術

大分前から、機知にとんだ言葉はとんと出てこない。
おそらく外からの声も心に響いていないかもしれない。
感性がやせ細っているだろうからそれもまあ仕方がないと思い始めて久しくなった。
鈍感の世界に入り、逆に鈍感の幸せを感じることもままある。
感性にカスミがかかり、結果、感情の抑揚のないのもいい、なんて。

これは同世代に共通する感覚だろうか。そんなこんなの思案をしていると、自らのホームページでありながら語りかけるに値する言葉すら失ってしまいそうになる。
毎日、コンパクトにナニカを書くというのは楽しくもある反面、能力不足を痛感。


そうだ、時々の素直なつぶやきと割り切ろう。
かっこいいキレのある言葉探しは、「努力目標」ということにしておこう。

そこで、ここのところ、気になっている空海の言葉を記すことにします。

これは雑誌「致知」11月号に連載されている矢山利彦氏の「空海の言葉に学ぶ生き方のヒント」(連載15)で見つけたものです。

『生死はすなわち涅槃、煩悩はすなわち菩提』
(生き、そして死ぬことがそのまま安らぎであり、煩悩がとりもなおさずさとりである)・・。
矢山氏は上につづくリードで「空海のこの深遠な教えを童話という形で表現しているのが
宮沢賢治の『よだかの星』である」・・と興味深い解説をしています。(以下、略)


深い深い肯定ともとれる一節。一歩一歩、学び、道を探り、死ぬまで続ける、それで十分OK・・・という風にも取れます。

昨今、道徳資本の調べモノをしており、「山高きをもって貴しと・・・・」の実語教を
手にしますが、あの元は空海(弘法大師)が1000年前に作ったとされています。
また、コモンズの研究で話題になるスリランカのため池を日本で実践したのが弘法大師の
満濃池だというのは有名な話。

ここへ来て弘法大師と触れる機会がこんなに出てきたことは全く予想しないことでした。




雑木林&庭づくり研究室
http://homepage3.nifty.com/hayashi-kokoro/index.htm
NPO法人苫東環境コモンズ
http://homepage3.nifty.com/hayashi-kokoro/commons00.html
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タグ: 言葉 弘法大師 感性



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