ワンコのその2です。
今度はワンコ視点です。
2.
いまだにくらくらする……。
二、三日前に殴られた後頭部を擦りながら、俺はカズ兄の仕事場である喫茶店に向かっていた。
あの時、カズ兄が思い切り俺の後頭部に掌底を叩き込んできたのだけど、手加減はまったくしてなかったんだろうな、いまだに叩かれた場所が痛い。
……痛いのは後頭部だけじゃないんだけど。
後頭部に掌底を喰らったあとそのまま額から床に倒れこんだんで、額にも瘤が出来てたんじゃないかな。
額のほうはその場にいた雷覇さんが氷を渡してくれたからすぐに冷やすことが出来たんで、瘤として残りはしなかったんだけどな。
でも、久しぶりだよな。カズ兄の掌底。
普段は大体、拳でくるもんなぁ。
カズ兄が俺を殴るときは大体拳で殴ってくる。
あ、理由なく殴ってくるわけじゃなく、大体が俺のほうに原因があるんだけど。
で、よく殴られるんだけど、拳のときはそう怒っていないときなのだ。
拳だと、無意識に指の骨を折らないように手加減するから本気で殴れない、と前に言っていたことがあるので、拳のときはまだ怒ってないときなんだなと俺は理解している。
だけど、拳ではなく掌底で殴ってくるときは、本気で怒っているときで。
掌底ならば掌の硬いところだから、指の骨を折る心配がないので、手加減をせずに殴れるらしい。
しかも、あの時は掌底でさらに後頭部を狙ってきたのだから本気で怒っていたのだろう。
でも……俺、何か怒らせるようなことをしたかなぁ……。
その原因がまったくわからない。
何故、カズ兄を怒らせたのかがわからなかった。
本当は昨日ここに来てカズ兄に怒った理由を聞かないとと思っていたんだけど、昨日はどうしても抜けられない仕事が入ってしまい、身動きが取れなかった。
今日はやるべき仕事を早々に終わらせることが出来たので、就業時間が着たら早々に上がってきたのだ。
怒っていた理由はわからないけど、早めに謝りに行かないとカズ兄の怒りを余計にひどくなると過去の経験から知っていたから、謝れるならば今日謝ってしまったほうがいい。
しっかりと謝ることを決めて俺はよしと拳を肩の位置まで持っていってから握り締めると、いつの間にか辿り着いていた目的の店の扉を開けようともう片方の手を掛けようとしたときにその動きを止めた。
俺の隣に見た事のない青年が立っていたのだ。
だけど、雷覇さんの店の関係者であることは間違いないらしい。その青年がつけていた店のエプロンはこの店のものだったためだ。
誰だろうと青年に問いかけようとしたときに、その青年が先に口を開いた。
「あの……この間、一紗(かずさ)に殴られていた人ですよね。
なにかここに用ですか?」
いぶかしげに俺に声をかけてきた青年は、カズ兄を名前で呼ぶくらい親しいらしく、だからこそカズ兄に思い切り殴られた俺がここにまた来たのを見て、不審に思ったらしく声をかけてきたように見えた。
なんか、結構ここに馴染んでいるよな。
見た事のない青年の様子を見てそう心の中で呟いてから、俺ははっと思い立った。
そういえば、何ヶ月か前にライ兄が人間を拾っていたとカズ兄が言っていたような気がするのだ。
そのときは、いくら雷覇さんでも人間までは拾ってこないでしょうと、カズ兄に笑ったのだけれど。
でも、カズ兄の弟の誠に聞いたら本当に拾ってきたと答えたので、雷覇さんのあまりの人の良さに唖然としたことはよく覚えている。
その拾われた青年が彼なのだろう。
カズ兄曰く、ライ兄が本気で大事にしている恋人でもあるという……。
その彼は、自分の顔を見つめたまま、何も答えない俺を不審者だと認定したらしい。
踵を返して店の中に飛び込もうとしたのだが、俺はその腕を慌ててつかんだ。
もし、そのまま店に飛び込まれたら、俺は確実にカズ兄に本気で殴られるだろう。
そして、この彼にも誤解をされたままになるかもしれない。
それだけは避けたい。
カズ兄に殴られるのは……もうしかたがないと諦めよう。
だけど、雷覇さんの大事な人に誤解されたままなのは悲しすぎる。
俺は腕をつかんだままふうと溜め息を吐くと、その青年に笑顔を向けた。
「あのさ、カズ兄に確かに殴られたし、不審者っぽく見えるかもしれないけど、俺はまったくの不審者じゃないから。
俺はカズ兄の幼馴染で、竜崎彬って者なんだけど、不審だと思うなら中にいる雷覇さんか海里さんに聞いてもいいよ。竜崎彬って言う男を知ってますか?って。
昔、ここでバイトをさせてもらったこともあるから雷覇さんも海里さんも俺のことを知っていると思うからさ。
だから、不審者だって慌てて逃げないでいいよ」
そう言いながらそっと腕を離すと一応は納得しなのか、その青年は逃げるのをやめて俺の顔を見てきた。
「本当ですか?」
「嘘をついたらあとでカズ兄が怖いから、絶対につきません」
俺の言葉を確認するように真顔で問いかけてくる相手に、俺は宣誓をするかように利き腕を少し上げた。
本当に嘘をついたらまた掌底がくるだろうな。
そう思ったのだけど、青年は俺が言ったカズ兄に殴られると言う言葉がピンと来ていないようだった。
あ、そっか……。ここしばらく俺もこの店に来てなかったから、カズ兄が殴る相手がいなかったのかもしれないな。
俺はよく殴られるのだけど、カズ兄は誰彼かまわず殴るわけではないのだ。
雷覇さんと海里さんを殴れるわけないし、自分の弟の誠と竜平君は兄バカと言いたくなるくらい溺愛してるから絶対に殴らない。
あれ?……もしかして殴られてるのって俺だけ?
じゃぁ余計にピンと来ないか……。
しかたがないと俺はまた息を吐いてから青年の顔を見る。
さっきよりはましになってけれど、まだ訝しげな顔をしていた。
まだ疑いが解けてないのか……。
俺、そんなに怪しい人だったのかなぁ……。
ふうともう一度溜め息を吐いてから疑いを解こうと口を開きかけたときだった。
「彬!!恋人がそばにいるってのに、ライ兄の恋人に手ぇ出してんじゃねェよ!!」
店の入り口のドアが勢いよく開き、怒鳴り声と共にカズ兄が顔を出した。
その勢いよく開いたドアが俺の顔に思い切りぶち当たったけれど、カズ兄は怒りが強いのかまったく気がついていないようだった。
俺もカズ兄の怒りが恐ろしくて、痛いなんて言葉が出てこなかった。
でも何か言わないとと口を開きかけたと同時に、カズ兄は俺を腕を掴むとそのまま店をと引っ張っていく。
俺がカズ兄に引っ張られながらさっきまで俺がいた傍にいた青年のほうを見ると、何が起こったのかわからず呆然としている。
あ〜あ……あとで、カズ兄が説明してあげないときっと混乱するだろうな。
悪いなと心の中でその青年に謝りながら俺はカズ兄に引き摺られるまま、店の中へと足を踏み入れた。

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