全集第27巻P465〜
執筆三十年
大正12年(1923年)2月10日
「聖書之研究」271号
小著「基督信徒のなぐさめ」初版の発行は、明治26年2月25日であって、今年はその満30年に当たるのである。その間に版を重ねること21回、原版が磨滅して改版すること3回に及んだ。
今や人として著書のない者はほとんどいない時に当って、三十年の生命を保ち得る著書がある事を得たのは、幸福また恩恵と言わざるを得ない。
この書が初めて出て、これを第一に歓迎してくれた者は、当時の「護教」記者である故山路愛山(
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E8%B7%AF%E6%84%9B%E5%B1%B1 )君であった。君は感興のあまり、鉄道馬車の中で、これを通読したと言う。
しかしその他には、キリスト教会の名士また文士でその価値を認めてくれた者は、一人もいなかった。あるいは「困苦の問屋である」と言って冷笑する者もあり、あるいは「国人に捨てられし時」などと唱えて自分を国家的人物に擬するのは片腹痛いと嘲る者もいた。
しかし私は、教会と教職とに問わずに、直ちに人の霊魂に訴えた。そして数万の霊魂は、私の霊魂の叫びに応じてくれた。私の執筆の業は、この小著述を以て始まったのである。この著を以て私は独りキリスト教文壇に登ったのである。
そして教会ならびに教職の援助はもちろんのこと、その他の同情も賛成も少しも私に伴わなかったけれども、神の恩恵と平信徒の同情とが私に加わったので、私は今日に至ることが出来たのである。
教会の援助や同情は、信仰的事業の成功に何の必要もない事は、この一事によっても知られるのである。私は復(ま)たここに、エベネゼル(助けの石)を立て、サムエルと共に言う、「
エホバ茲(ここ)まで我を助け給へり」と(サムエル前書7章12節)。
完
謹告:全集の466頁、467頁には、「世界伝道の特権」という著書に関する紹介が載っていますが、それは割愛します。