全集第29巻P24〜
(「ガラテヤ書の研究」No.4)
第4回 ガラテヤ人の変信
(ガラテヤ書1章6節〜10節の研究)
◎ ガラテヤ人は、一度は熱心にパウロが説いた福音を信じた。ところがパウロの後に来て、彼と信仰を異にする伝道師の伝道を受けて、たちまちにして前者を捨て、後者に就いた。彼等の場合、彼等は元の偶像教に帰ったのではない。一つのキリスト教から他のキリスト教に移ったのである。
パウロの時に既に幾つかのキリスト教があった。人間が存在する間は、宗派は絶えないであろう。しかし宗派は在るべきはずの者でない。そして焼けるような熱誠を懐くパウロのような人にとっては、世に一つ以上の福音があるとは、耐えられない矛盾であった。
故にガリラヤ人に変信があったことを聞いた彼は、その驚きを表して言った、
我は驚く此(か)くも速(すみやか)に汝等がキリストの恩寵(めぐみ)を
もて汝等を召したる者を離れて異なる福音に遷(うつ)りし事を。此は
「異なる」と称して福音に非ず。或人ただ汝等を擾(みだ)し、キリスト
の福音を更(かえ)んとする也。
実(まこと)にたとへ我等にもせよ又天よりの使者にもせよ、若(も)し
我等が伝へし所に逆(さから)ふ福音を伝ふるならば、其人は詛(のろ)
はるべし。云々
と(1章6節以下)。
パウロの驚きは二重であった。彼等の変信が速やかなことが、その一つであった。彼等が恩寵(めぐみ)の福音を去ったのが、その二であった。変わり易いのが如何に彼等の国民性であっても、それほど速やかに彼等が変わったとは、パウロには意外であった。
殊に難しい教義や複雑な儀礼を捨てたのではなくて、キリストの恩寵(めぐみ)を説いた単純で明白な福音を捨てた事、その事にパウロは驚いたのである。
これに対してガラテヤ人は言った、「私たちは福音を捨てたのではない。一つの福音を離れて、他の、しかも
より善い福音に遷(うつ)ったに過ぎない」と。パウロはこれに答えて言った、「福音は唯一である。私が伝えたキリストの恩恵の福音である。これを除いて他に福音はない。
もし有ると言うならば、それは福音ではない福音である。もし私自身であっても、私が伝えた福音以外の福音を伝えるならば、私はアナテマとして神から絶たれるであろう」と。
◎ もしそのような事が今あったとするならば、批評家はガラテヤ人を責める前に、先ずパウロを責めるであろう。いわく、「ガラテヤ人は果たして、よくパウロの福音を解したであろうか。このように速(すみやか)にこれを捨てたのを見れば、彼等は初めから、その心髄に入らなかったのであろう。
未だ解していなかったのに解したと速断したパウロもまた、幾分か彼等の変信の責を担わなければならない。殊に取るも捨てるも各自の自由である。ガラテヤ人がもし
より善い福音を発見したと思ったなら、これを捨て彼を取ったとしても、彼等に何も咎めるべき事はない。
殊にまた自分の福音に反対する福音を、福音ではないと称し、これをアナテマ呼ばわりするのは、偏狭(へんきょう)と言わざるを得ない。パウロの熱心は称すべきであるとしても、その狭隘(きょうあい)は褒めるべきではない。近代人は注意して彼のこの言葉を読むべきである」と。
◎ けれども彼等批評家自身が、パウロの福音を解し得ないのであると私は信じる。彼が後に至って、この書において説くように、彼の福音は簡単明瞭なものであり、これに誤解の余地はないのである。
受けるか受けないか、福音に対して私たちが取るべき途(みち)は、これを除いて他に無いのである。
この事に関してパウロは後に言わざるを得なかった。
愚かなる哉(かな)ガラテヤ人よ、誰が汝等を誑(たぶら)かしゝか。十字
架に釘(つ)けられしイエス・キリストは、汝等の目前に現然(あらわに)
示されしに非ずや。 (3章1節)
と。十字架に釘(つ)けられたイエス・キリスト、福音の全部はここにある。これを信じるか信じないか、問題は簡単の極である。
そしてガラテヤ人は一度これを信じて、恩恵(めぐみ)と歓喜(よろこび)の生涯に入ったのである。ところがこれに飽き足らずに、キリストの十字架以外に何物かを要求して、信仰の道を踏み外したのである。
世に父の愛を知るのに、信以外に道のあるはずがない。父母を信じて彼等に関し、全てが明瞭である。彼等を信じなければ、万事が混乱である。使徒ヨハネの言葉を以て言うならば、
夫(そ)れ神は其の生み給へる独子(ひとりご)を賜ふ程に世の人を愛し給
へり。此は凡(すべ)て彼を信ずる者に亡る事無くして窮(かぎ)りなき生
命(いのち)を受けしめん為也。 (ヨハネ伝3章16節)
と言うのであって、福音はこれで尽きているのである。「彼を
信ずる者に」である。「彼を哲学的に解する者に」ではない。「自分の義によって彼を喜ばせようと思う者に」ではない。
神に近づくのは、父母に近づくのと同じである。ただ信仰を以てである。そして信仰の道を捨てれば、神に近づき、その恩恵に与る道は絶えたのである。
◎ このようにして、パウロがガラテヤ人の変信を聞いて驚いたのは、不思議ではない。また彼が、彼が伝えた福音以外に福音はないと言ったのも無理ではない。「
神の恩恵に応ずるに、人の信仰を以てす」、福音はこれで尽きている。
ところがガラテヤ人は、これだけで満足しないで、信仰以外に神の恩恵に与る途(みち)の必要を感じ、これを発見したと思ったのである。パウロの歎きはここにあった。狭いも広いもあったものでない。
キリストの十字架に現れた神の愛を以て満足できずに……実はその愛の深さを探り得ずに……これを他の途(みち)によって補おうとしたのである。パウロは驚き、そう、呆(あき)れざるを得なかったのである。
◎ そしてその他の途(みち)とは何であったかと言うと、旧いモーセの律法(おきて)であった。割礼を受けることであった。月と日と節と歳とを守ることであった(4章10節)。即ちキリストの福音を、モーセの律法で補おうとすることであった。
けれどもこれは、信仰の逆戻りである。
信仰だけで十分とする、それが信仰の道である。これに不足を感じて、これを補おうと、実はこれに代えて、儀式または条令または苦行を行おうとする。そこに信仰の堕落がある。
パウロはこの事をガラテヤ人において見て、嘆いて言ったのである、「
汝等何ぞ弱き賎しき小学に返りて、復(ふたた)び其の奴隷たらんことを欲(ねが)ふや」と(4章9節)。
◎ そしてこれは、ガラテヤ人に限った事ではない。世界のいずれの民族にもある事である。罪の人にとって、信じることほど難しい事はない。彼は何をすることが出来ても、信じることだけはすることが出来ないのである。
彼は神を思索する。荘厳な儀式を設ける。神を祭る。または難行苦行して、神に恵まれる資格を作ろうとする。けれどもただ単に神の愛を信じて、そう信じただけで恵まれようとするのは、彼には出来ない事である。
ゆえにどうかすると彼は信仰の道を離れ、その他の道を選ぶのである。たいていの場合は儀式に走るのである。洗礼を受け、聖餐式に与れば、それで救われると思うのである。
これは誰もが為し得る事、また単なる信仰と異なり、現実的であって具体的であるかのように見えるので、多くの人はこの道に走るのである。こういう言葉がある、「人は生まれながらにしてローマ天主教徒である」と。即ち人は生まれながらにして儀式の宗教を好むということである。
今や日本においても、ローマ天主教会が多くの帰依者を得るに至ったその理由は、確かにここに在るのである。殊に宗教を芸術視したいと思う今日の日本人にとって、ローマ天主教会が憧れの的と成ったことは、怪しむに足りない。我が柏木の連中の中からさえ、天主教会に走った者がいる。
しかし彼等は、ガラテヤ人がパウロの福音を離れたように、我が柏木の信仰を離れたことに気付かないのである。その事を目撃する我が心の苦しさよ。
◎ けれども福音の離反は、儀式の選択に限らない。ある者は規則を愛し、制度を愛し、組織された教会を愛する。彼は単なる信仰だけでは物足らなく感じ、ある限定された団体を要求し、これを作ろうとし、またこれに入ろうとする。これは世に数多の宗教団体が在るゆえんであって、人情が弱いからだと言えば、止むを得ない次第である。
けれども制度は全く無用であると言えないけれども、信仰は制度以上の勢力であることは確かである。そして信仰よりも制度が重んじられる所に信仰の堕落があり、また制度の退廃がある。
信仰が熾烈(しれつ)な時には、人は制度の必要を感じない。信者が制度の必要を感じ出した時は、彼の信仰の冷却が始まった時である。
◎ けれども近代に至って、信仰離反は新しい形を取った。それは、
社会事業の選択である。今や社会事業が信仰の代用を為すに至った。甚だしい場合には、キリスト教は即ち社会事業であるとさえ思われるに至った。
そしてこの道を取った者は、ヤコブ書2章14節以下における、使徒ヤコブの言葉を盾に取るのである。いわく、
我が兄弟よ、人自(みず)から信仰ありと言ひて若(も)し行(おこない)な
くば何の益あらん乎(や)。その信仰いかで彼を救ひ得んや。
若し兄弟或は姉妹、裸体(はだか)にて日用の糧(かて)に乏しからんに、
汝等の内或人之に曰ひて「安然にして往け、願くば汝等温かにして飽く
ことを得ん」と。
而(しか)して其身体に無くてならぬ物を之に与へずば、何の益あらんや。
此(か)くの如く、信仰もし行なき時は死ぬるなり。
実にもっともな言葉であって、誰もこれに反対することは出来ない。そして今や数多の人は、ほとんど教会全体が、使徒ヤコブのこの声を聞いて、使徒パウロのイエス・キリストの恩恵の福音は、措いて顧みなくなった。
今や社会事業は、教会唯一の事業である。メソジスト教会またはバプテスト教会等、そして特殊な福音教会も、その全注意を社会事業に払うに至った。そのようにしてパウロの「我れ思ふに人の救はるゝは、律法の行ひに由らず信仰に由る」という言明などは、キリスト教会内において、重視されなくなった。
社会事業をしない教会は、何もしない教会であるかのように思われるようになった。
◎ けれどもパウロは果たして誤ったのか。そうではないと私は答える。
社会事業は決して信仰の代用をしない。社会事業は、人の霊魂に平康(やすき)を与えない。社会事業によって、人のすべての思いを超える平安は、私たちの心に臨まない。
それだけではない。信仰を軽んじた社会事業は、たちまちにして行き詰まりの状態に陥った。信仰は自(おの)ずから社会事業を生む。けれども社会事業は、信仰を生まない。
今日のキリスト教会が、その最も好い証拠である。教会は十字架の信仰を捨て、社会事業に入って、活ける水の源を去って、壊れた、水を保てない水溜(みずため)を掘ったのである(エレミヤ書2章13節)。
(10月26日)
(以下次回に続く)