ラッキーゲラン憂国日記

日本人としての矜持を書いていきたい。

 

カウンター

  • 本日のアクセス
  • 昨日のアクセス
  • 総アクセス数

カレンダー

2022年
← July →
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

過去ログ

ブログサービス

Powered by

teacup.ブログ
RSS
投稿者
メール

 
コメント
URL
コメントは新しいものから表示されます。
コメント本文中とURL欄にURLを記入すると、自動的にリンクされます。
投稿者:金 国鎮
残留孤児という名称を日本の大手メディアが今も使うことに日本の体質を感じています。
彼らが中国で育ったことを切り捨てる言葉ですがこれはこの言葉を平気で使う人々にいずれは
どこかで何かが跳ね返っていくでしょう。
戦後の日本の社会の方向のひとつはアメリカ製の自由と民主主義とという名目にして日本の単一民族化を強く押し勧めてきました。
特にメディアの協力は非常に大きい。
その実態が暴かれるようになったのは多くの日本人が海外に出かけ、海外に何かしらの理由で住むようになってきたからです。
日本人には日本人の情報、外国人には外国人の情報そして中国から帰国した日本人には今も残留孤児という名称を平気で使い、彼等の精神的実体は依然として不明です。
彼等の現実に協力できる集団のひとつが戦前から日本に住んでいるいわゆる旧華僑ですが、こんな単純で現実的発想もできないのに勇ましい議論が多いのには閉口します。
teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ