えー東京新聞の社説です。
(2006/10/27) 高校履修漏れ ルール無視は教育でない
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卒業に不可欠の必修科目は学校教育法に基づく学習指導要領で定められ、法的拘束力がある。教育現場の学校や教師がルールを無視した責任は重い。
しかも、学校が通知表の成績を「偽造」し、教育委員会に虚偽報告していたことは“確信犯”で、輪を掛けて問題だろう。
学校側は「受験のため仕方なかった」「問題の大きさが認識できず甘かった」などと弁明しているが、許されることではない。
−−−引用ここまで−−−
もう頭の良い人は、お気づきだろう。学習指導要領には法的拘束力がある。
いやいや、いままでの東京新聞、朝日新聞の主張では、思想の自由のほうが力があるはずである。だって、卒業式の国旗掲揚とかはやらなくていいんでしょう。
適当に物事を書くんじゃないよ。
だからって、学校を擁護している訳ではないよ。悪いことは悪いそれは確かです。でも、ちゃんと履修した人間が損したとか思わない。正規の授業を受けてそれだけの知識を得たはずですから。受験勉強だけが勉強ではないんですから。
個人的には昨日も書いていたように普通のことだろうなというのが感想。その証拠に全国で出てくる出てくるウサギのしっぽ。
いじめの問題に比べれば小さな問題ですよ。学校の勉強だけで受験の合否が決まるなんて受験生はだれも思っていませんよ。今回の問題で困るとかうるさい受験生は、この問題が無くても受からない部類の人間だよ。
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