また2日前の続きです。
「母は、三年前に足を骨折してから、認知症が進み……でも北海道の、自分の家が大好きだから、病院も介護施設も嫌がって、父が自宅で介護することにおなった。(中略)母の認知症はどんどん進み、父のことがわからなくなり、ついには下のものを部屋にまきちらすことまであったみたい。わたしは、何度も父からのSOSを受けていた。でも、自分たちの暮らしを優先させて、じきに帰るから頑張って、もう少しお母さんのために我慢してって、父に電話で話して、返(中略)女将さんは、この家に連れてきてくださった。(中略)ゆっくり休ませてくれた。(その間すっと)このおうちの方々のお世話になった。(中略)そしてゆうべ、わたしは女将さんにすべてを話したの。話し終えて、わたしは女将さんに願い出た。ここに置いてくださいませんか、って。(中略)むろん即座に断られるだろうと思った。でも……いつまででもどうぞ、と女将さんに言われて、びっくりした」(中略)
「女将さんは、つづけてこう言われた。気持ちが治まるまで、いてくださっていいんです。ただ、あなたには帰る場所があるんじゃないですか。待っている方たちがいらっしゃるでしょう、って。(中略)あなたのご家族は、家で暮らしていながらも、帰るべき場所に帰っている、という気がしないのではないでしょうか……だって、母がいない、妻がいないのですから。あなたが帰ることで、ご家族にも、帰る場所が戻ってくるように思います」(中略)
「女将さんは、つづけてこうも言われた。お父様にも、帰る場所を用意してさしあげてはいかがですか、お父様の帰る場所は用意してあげられるのは、あなただけのように思います……。(中略)」
「いつか、父と来ます。父を連れて、一緒に戻ってきます。そのときに、ここがなかったら、悲し過ぎるもの。だからお願い」(中略)
「あります。この家はあります」(中略)
「さぎのやは、ずっとあります。だって……だって……」(中略)
「三千年以上、ずっとお迎えしてきたんです。(中略)ここは、この家は、いつだってあります。だから、お待ちしています。ご家族と来てください。お父様と来てください。心からお待ちしています」
「……ありがとう……ありがとう」
女の人は、雛歩を強く抱き寄せた。(中略)
みんなが心配してくれている……みんなが、気にかけて、何かしら推せwをしてくれている。他人なのに、雛歩のことを何も知らないはずなのに。
あり得ない。そんな人たち。そんな場所が、この世界にあるなんて、信じられない。(中略)
おなか空いたぁ。おなかが空きました。空いたぞなもし。空いたゾウムシ。(中略)
いま何時だろう。こまきさんの枕もとに目覚まし時計が置いてある。二時過ぎとわかった。(中略)
一階の調理場に何かあるかもしれない。そう思うと、ヤマイモもたまらず、布団をはいだ。(中略)
(庭には)見上げるほどの大きさの半球体が、目に優しいライム色の光を発している。(中略)
(中に入ると)中央に、丸いテーブルが据えられ、焼き目の入った平たくて丸型のお饅頭らしきものがたくさんのったお盆が、その上に置かれている。お盆の脇にはポットが二つ。それぞれのポットの胴部にガムテープが貼られ、『あめ湯』『ウーロン茶(温)』と、マジックで書かれている。(中略)
そして、テーブルには紙が一枚置かれ、『ご自由にどうぞ』とあった。
(雛歩は饅頭を貪り食い、飲み物も満喫した。)(中略)
雛歩は、目を開くと、すぐにからだを起こし、周りを見た。
見覚えのある、こまきさんの部屋だ。(時計は十二時半を指していた。)
「わお、ヒナちゃん、やっと起きたんんだ」
こまきさんがにこやかに入ってきた。
「おはようございます」(中略)
「おはようって、いまお昼だし、何日寝てたかわかってるの?」(中略)
「三日よ。玄関のところで意識を失っちゃって、美燈さんとショウコさんが部屋に運んでから、丸三日間寝てたんだから」(中略)
そのとき、ドアの外で、節をつけてお経を唱えている、聞き覚えのある声がした。
「あ、飛朗。飛朗っ」(中略)「いいから飛朗、来て。ヒナちゃんが起きたの」
「え、マジで? すごいじゃん」
げげ、王子様が入ってくる?(中略)
飛朗さんは、(中略)
「雛歩ちゃん、起きたんだ、よかったー」と言い、両腕を広げて、戸惑う雛歩をあっという間に抱き寄せた。
え、あ、これ……ハゲ? ぎゅうと抱きしめられて、ハゲでしょ? ハゲだよね? 家族以外にハゲされたのは初めてだし、もちろん異性とハゲなんてあり得ない。(中略)
「雛歩ちゃんが起きたの、もしかして、おれのおかげじゃない?」
「……かもね」
こまきさんは、面白そうに笑って答えた。(中略)
(また明日へ続きます……)

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