また昨日の続きです。
「あの、女将さんと……、ひ、ひまきさん、いえ、こまきさんは、どういう関係、ですか」
意気地なし。女将さんと飛朗さん、と聞くところを、こまきさん、に替えてしまった。
「うーん、これもいろいろあるからなぁ……」(中略)
「どうして、女将さんは……女将さんだけじゃなく……飛朗さんも、こまきさんも、みんなみんな、さぎのやのみなさんは、そんなに親切なんですか」
飛朗さんは、困ったような、苦笑いのような、複雑な表情を浮かべた。
「どうかな……普通だと思うんだけどね」
普通じゃないですよ、全然普通じゃない……雛歩が言い返そうとしたとき、
「とにかくまあ、町を回ってみようよ」
飛朗さんが、あらためてさぎのやの玄関のほうへ雛歩を誘った。(そのあと、飛朗さんは、ホスピス、さぎのやの寮代わりのアパートなどを案内し、近くお祭りがあることも話した。祭りでは急な階段の上にある神社から神輿が降ろされ、町の中心部となる場所を次々と回って、厄を払い、福をもたらしていくとのことだった。)
(温泉宿も次々と紹介され、暴力団の抗争で5人の人を殺し、長い間刑務所に入っていたブンさんの話も聞いた。)
(中略)「さぎのやのみんながどうしてそんなに親切なのかって訊いたよね……実を言うと、あんなふうに訊かれたのは、初めてじゃないんだ」(中略)「おれも、こまきもそうだけど、なぜそれほど親切だと言われるのか、どこが驚かれるようなことなのか、よくわからなかった。だって、さぎのやでは当たり前のことだからね。(中略)そしてさ、これがきっと一番大事なことだろうと思うんだけど」(中略)「この生き方って、すごく楽なんだよ」(中略)「だって、困ってたら、みんなが助けてくれるんだよ。正直、何も心配がいらないんだ。どんなこともきっとなんとかなるんだよ。すごくない?」(中略)
「でも、外へ行くと違う。(中略)」
「どっちがいいとか悪いとか言わないよ。ただおれは、さがいのやの普通のほうが好きなんだ。だって、生きるのが楽なんだから、それって素敵だろ。
どうしてわざわざ生きるのが楽ではない道を、普通として生きなくてはならないのか、って疑うよ。おれが弁護士になあろうと思ったのも、このさぎのやの普通を守るためでもあるんだ」(中略)
「親のことをざっくり話すと……二十五年前、医者の卵だった父親と、法科の大学生だった母親が知り合って、おれが生まれた。いわゆるデキ婚。父親は、さぎのやの長男。母親は、弁護士の娘で、自分も弁護士を目指してたらしい。二人はそれぞれ一人前になるためにはしなきゃいけないことが多くて、おれの面倒をみたのは、千鶴ばあちゃんだった。母親は上昇志向の強い人で、いつか夢を法律家から政治家へと変えて、市議会議員の秘書になった。こまきが生まれたときも、世話はばあちゃんたちにまかせて、自分のキャリアを積もうと必死だった(中略)」
「おれの父親は、そうは言ってもさぎのやで育ってるからね、医者は医者でも、(世界で一番困っている人が暮らす場所へ行くことを)望んだ。母親のほうは、さぎのやという歴史に惹かれていたらしくて……先々は、自分が女将になって、その歴史と、医者とういステータスを持つ夫をあ、自分のキャリアを支えるものにしたかったみたいだ。そんな二人が離婚に至るのは、時間の問題だった。(中略)」
「母親は、その後いまの夫と再婚した。相手も再婚でね。先妻は病死して、こまきと同い年の娘がいる。母親の(中略)いまの夫は(中略)優秀な弁護士で、多くの政治家ともコネがある。おかげで母親は市議会議員を経て、いまは県議会議員になってる。そんな、欲しいものをどんどん手に入れてる彼女だけど、いまもさぎのやのあことはあきらめていない気がする」(中略)
「まだ女将になるつもりか、(中略)ときどき経営に口出ししてる。(中略)そんな母親のことを注意しながら、さぎのやをサポートしていくためにも、弁護士になるのが一番だと思ったんだ……。さあ、お目当てはすぐそこだよ」(中略)
「道後温泉の本館だよ」
これが……雛歩はあ、圧倒されると同時に、その美しさに、ある種の感動をおぼえた。(中略)
「本館のてっぺんにはね、道後温泉を発見した神の使いのシンボルが飾ってあるよ」(中略)
すると、展望台みたいな小屋風の建物の上に……あ、本当だ……翼をやや後方に向かって広げた白い鷺が、一番高いところに止まっている。(中略)
雛歩は、飛朗さんの説明を聞きながら、これかあ、これが、家族みんなで行ってみたいね、と話していた道後温泉なんだ……と壮麗な建物に見とれていた。
お父さん、お母さん、お兄ちゃん……わたしはひとりで先に来てしまいました、早くみんなそろって来られたらいいね……雛歩は心の中で語りかけた。
(また明日へ続きます……)

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