アドホック日記そのほか:: 三浦俊彦 の時空間

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投稿者:φ
 とりあえず、「あれ」は「挿入」と考えていただければ。 

 「あれ」は拒まれても当然、とわかってる♂がほとんどだと思います。
 しかし、猥談やボディタッチは、ダメといわれても男は頭で理解しなきゃならない分野ですね。なんでダメなんだと。実害はないんだから、と。減るものじゃなし、と。
 「あれ」との差の大きさについては♂はみんな判ってると思いますが。

 両親の影響はどれほどなのか、謎ですね。
 「あれ」をめぐる行動傾向形成には、男より女の方が、親の影響大のような気がしますが。
投稿者:8
厳密に「あれ」が指す範疇はどこからどこまででしょうか。
法的には生殖が可能な「それ」だけが問われたりしますが…。
あれじゃなくても、入社後数ヶ月のうちに、勤務中に身体を密着してこられた会社は半年経たずに退社しました。複数名から何度かされたので。当時は笑って済ませていましたが、思い返せば気持ち悪いものです。
やり方がナチュラルなほど!

断れない女性の私は、今我慢すれば終われば忘れればいいと思うところがあります。
父が母を殴るのを幼時に見ていたせいでしょうかね。
泣きながら止めに入り、母が逃げられないのは子供がいるせいだと思っていました。
男性に逆らって暴力を受けることに過剰な恐怖心があるのかもしれません。
断って殴られることなんて、百二一つもないのでしょうが。
投稿者:φ
 段階的に浸食―― は理解できるけど、「肩に手」から「あれ」まではだいぶ距離があるような気が。「あれ」だけは別としておくのは比較的理解しやすい気が。「あれ」を拒まれても♂は「ま、そうだよね」くらいが普通だと思うのだが……(悲壮な決意のDOuTEiならいざ知らず平均的高スペック♂なら)。
投稿者:8
いきなり至近距離に入り込まれれば拒否するのは簡単です。
例えば肩に手を置かれて、ちょっと嫌だなと思っても言えないもの。男性には悪気がないと考えますし、その程度で騒ぐのは自意識過剰だと思われかねない。肩に手を置いた男性その人に無関心でも、その人づてにいい感じの人にまで、よからぬ話を吹聴されたら…というところまで瞬時に考えて拒否できないのです。
段階的に浸食されると、拒否できないまま拒否しなければならないところを通り過ぎることもあります。
私がそうだというのもありますし、母娘関係の問題について書かれた書籍を読むと、機能不全家庭で育った女の子はそうなりやすいとあります。私一人の例ではないと思うのですが。

いずれにしても、男性をわかってないが故に△ッ△。
投稿者:φ
 「男性に嫌われないように」と「いざと言う時に男性を拒否しないように」はかなりズレているような気も……

 拒否されたから嫌う、という♂はどのくらいいるのだろう。
 ♂はもともと「♀は拒むもの」という先入観を持っているので、かなり気むずかしく拒まれても、仕方ないと適度に諦め、大幅に気分を害することは稀ではないかと。

 「流される女性」と「流されない女性」の違いは、案外、単に性欲の強さの違いに帰着するのかもしれませんね。
投稿者:8
「結婚して子供を産みなさい」「男性に好かれるために容貌を磨きなさい」という無言の圧力にさらされて女性は成長します。
男性に嫌われないように自己形成し続けた女性が、いざと言う時に男性を拒否するのは難しく、それが流される女性になってしまうと思います。

もともと容貌に恵まれていれば、嫌われないように自己形成をする必要もないのですから、処女を貫く意志の強さを保つ事ができるのでは、と思いました。
(現に可憐な美少女だった私の姉は、容貌に無頓着すぎてオバチャン化するのが早かったです)

力づくの強姦だと拒否してもヤられますし、命の危険から諦める場合もあるでしょう。段階を経てこちらの領域に踏み込まれている時には、「嫌われてはいけない」と、受け容れてしまい、エスカレートした時にはエスカレーターで別のフロアに連れて行かれている状態なのではないか、と。

というのをまとめると、結局こちらのアフォリズムに集約されていますね。
投稿者:φ
 「おとうさんにそっくり」というのが社交辞令の決まり文句みたいになっていますね。
「おかあさんにそっくり」もお世辞として無意味じゃないでしょうが、やはり「おとうさん」がマナーですよね。

 ラディカル・フェミニストは、DNAによる父子鑑定に反対しますが、フリーセックス肯定のフェミニズムは、「女が自由に不倫できる社会になるべし」という主張も含んでいるんでしょうか。

 「夫が妻の同意を得ずにDNA親子鑑定を行うことを禁じる法案」というのもありましたっけ。その後の話は追ってませんが、ヨーロッパでは、子どもの1割以上が戸籍上の父親以外の子だったという調査もあり、家庭作りとは無縁の私が聞いても震撼させられる事態です。そういう話になるとさすがにジェンダー&セックスを意識せざるをえないというか。
投稿者:8
ああ、それは最後の2.5行に言い含めたつもりでした…。
原始の頃には多夫多妻が自然だったように勝手に想像してもいました。が、自分の子供だという確信があるところに、食べ物も熱心に運んでゆくのが効率良いですよね。
そこから家族生活というものが出来上がるのがごく自然な流れでしょうし、鳥やヒト以外の哺乳類にも観察されるのでしたね。
となると、父親は、自分に似ている子供がかわいいのでしょうか。
投稿者:φ
 それは確かに大きな「理由」ですね。
 ただ、それに劣らぬ(あるいは長期的に見ればもっと重要な)理由が。
 それは……
 まことに簡単なことで。

 結婚前に××を守るくらいの人は、結婚後に配偶者以外の♂とわざわざヤル気になる確率が低い。
 つまり、××は、非××に比べて、浮気しない傾向が強いのですね。
 
 ××は、従順さ云々とは別に、生活スタイルの問題ですね。

 ××を選ぶ♂は、こうして確率的に有利になります。
 ♂にとっては、不倫されることが遺伝子的に最大の脅威なので。

 現代は、妊娠の有無の検査や、父子関係の遺伝子診断も可能だから、××も非××も同等のはずですが、これまでに培われた遺伝的本能の(今や不合理な)縛りは、ひょんなことで表面化したりしますね。
投稿者:8
宿題の答えをば。
今妊娠していないことが明らかゆえ。
産んでまもない経産婦の方が有利な気がせんでもないですが、自分の遺伝情報を引き継いだ子を大事に育ててもらうには、他の♂の子供を妊娠しない方がよいですもんね。
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