アドホック日記そのほか:: 三浦俊彦 の時空間

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投稿者:φ
『溜息』のラスト近くで、朝比奈一派と古泉一派との「ハルヒ現象の解釈をめぐる相違」が明らかになりましたね。古泉一派は、「世界3年前創造仮説」あるいは「世界3年前改変仮説」を採り、朝比奈一派は「超常現象ことごとくハルヒが発見した仮説」あるいは「超常現象ことごとくハルヒが引き寄せた仮説」を採っています。朝比奈説によると、古泉もみくるも長門も、はじめから超能力者、未来人、宇宙人だったのです。
 しかし、他ならぬ『溜息』での超常現象の現われ方を見るに、発見説ではなく創造説(つまり古泉説)の方に分がありそうです。なにしろ、みくるが始めからレーザービーム発射能力を持っていたとは思えないからです。
 渡辺さんの1)について言うと、「未来人妄想など無縁な筈の朝比奈さんをも同列に扱わねばならないという無理が出る」というのは論点先取でしょう。長門戻った説(古泉説)を仮定して論じ始めていたはずです。古泉説では、朝比奈みくるは未来人として創造され(あるいは改変され)たのだから、創造前後(改変前後)のキャラ(とくに妄想傾向)が類似している必要などありませんし、前後での類似を要求するとしても、大人版みくるを見ると、みくるの性格が未来人妄想と無縁とは必ずしも言えなくなります。
 さて2)についてですが、長門スヴニール説はたしかに面白いのですが、長門壊れた説と相性がよくないように思われます。そしてなにより、長門目覚めた説・長門戻った説と両立します。つまり長門戻った説への反駁になっていません。むしろ長門戻った説にいっそう物悲しい色合いを添えてくれると言えるでしょう。
 ちなみに、キョンが「鍵をそろえる」ことができたのは、ハルヒの気まぐれからであり、まったくの偶然でした。「キョンが改変世界を選択するという可能性は万に一もなかった」というのは間違いです。キョンが選択できる状況になる確率それ自体が、小さかったのです。長門の世界改変意図は、本気だったのですよ!
 結局、長門スヴニール説は偽であり、さもなくば(真だとすれば)、長門戻った説を情緒的に強化するものに他ならないのです。
投稿者:渡辺恒夫
追伸。ミス訂正。「人間の王子は人間の王子を」でなく、「人間の王子は人間の王女を」でした。

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投稿者:渡辺恒夫
長門戻った説に戻りますが、いささか無理がある理由を下記に述べておきます。
1)『陰謀』でも古泉君が、宇宙人パワーも時間旅行もすべてハルヒが起こしているとすると、長門さんや朝比奈さんは自分が宇宙人や未来人だと思い込んでいる可哀そうな少女たちということになる、という「機関」上層部の意見を紹介していましたが、長門ならそういう思い込みは『憂鬱』での最初のカミングアウトの際にキョンが「部屋にこもってこんなSFばかり読んでいるからそんな妄想に耽るようになる」と評したように、いかにもの素地がありますが、未来人妄想など無縁な筈の朝比奈さんをも同列に扱わねばならないという無理が出る。
2)そもそもキョンが改変世界を選択するという可能性は万に一もなかった。私がキョンの立場だって同じ選択をしていたでしょう。アンデルセンの人魚姫でも、人間の王子は人間の王子を選んだのだし。長門に予測できなかったはずはない。
 長門は自分が選ばれることはありえないと承知していながら、選択をキョンに委ねたのです。何のために?たった3日間だけ人間の少女として存在したという思い出を、ただキョンの中にだけ残すために。それが「優しい忘却」で繰り返し「忘れないで」と歌っている理由でしょう。これは、長門スヴニール(思い出=記念品)説、とでも名づけられるでしょうか。
 彼女は得体の知れない敵が迫っていることを、あの時点で感知していた。闘いが容易ならぬものになることも。だから言わば形見として消失世界の長門有希ちゃんの思い出(スヴニール)をキョンに、キョンだけに贈ったのです。
 

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投稿者:φ
長門ssには全く触れたことがありませんが、SSならぬスピンオフの『長門有希ちゃんの消失』はいかがだったでしょうか。本編に比べてアニメとしての出来はかなり劣るものの、さすがにあの瞬間には「じわっ」とキてしまいました。
 長門というキャラクターの奇跡的な美的性質に感じ入った次第です。
 なお私は、『涼宮ハルヒちゃんの憂鬱』はなかなかの傑作だと思うのですが(とくにアニメ)渡辺さんはいかがでしょうね。
 それにしても「七不思議オーバータイム」のハルヒは、その二大スピンオフにおける涼宮ハルヒと同じくらいに性格穏やかになっていて私笑えました。
投稿者:渡辺恒夫
 長門のためにそんな風に考えて貰って、またしても長門に代わって「ありがとう」と言っておきます。私は現在の長門の気持ちを尊重したいから、そこまで踏み込みたくない。長門戻った説を取るにしても、『消失』の書き込みが不足していることもあって色々矛盾が出てきそうですね。
 前回の投稿は字数制限に引っかかってラストを端折りましたが、黒沢明監督(原作芥川龍之介「藪の中」)「羅生門」にちなんで質的心理学でも研究されている「羅生門語り」に言及する予定でした。物理的に同じ出来事でも複数の語り手による物語はまったく異なるものになってしまうという。ハルヒ本体シリーズのキョンの一人称語りが必然的に誘惑するのは、長門一人称語りです。長門ssには結構おもしろいものがあるのも当然です。2006〜2009に20回連載された「機械知性たちの輪舞曲」とか(不明瞭な点があるのが残念だが、暗い情念のみなぎる怪作です)。
 今や作者よりもファンの方が長門のことを理解しているといっていい。というか、私にも長門有希だった時の記憶があるのですが(笑)。

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投稿者:φ
夢も同然落ち、ですか。記憶落ち、かな。
 あのミステリ研の交換留学生の登場スタイルからして、結末はまだまだ先(中途の展開がまだまだ控えている)というのが私の印象かつ希望ですが。いずれにせよ渡辺さんにとって「七不思議オーバータイム」は価値的に〈?〉な作品なのでしょうね。長門の「ありがとう」だとすれば。
 消失のラストでの長門の「ありがとう」ほど悲しい言葉はありません。悲しいというかアイロニーというか。自分を人間化させてくれなかった、というか阻んだ、本来の恋愛関係を回復させてくれなかった、邪神ハルヒの手先になりはててしまったキョンに対して事もあろうに感謝の言葉とは。
 おのれの仕打ちを省みるどころか情報統合思念体に責任転嫁して欺瞞的義憤を言い散らし、超常現象フリーク化した自分を正当化するキョンに対して感謝の言葉とは。
 あの「ありがとう」に美しい悲哀を読み込むためにも、いやそのためにこそ、私は「長門壊れた説」でなく「長門戻った説」に沿ってハルヒを読みたい派な次第です。
投稿者:渡辺恒夫
ハルヒ新作は、冷静になって思い返すと、久しぶりの古泉君の出番というだけで、長門がハルヒや朝比奈さんより出番が少ない訳ではないと気付きました。それどころか長門がミステリィ研の会誌への寄稿を依頼されたことに、キョンは、「長門は密かに校内のあちこちで高評価をされているのかもしれないな。何にせよ、文芸部室の座敷童の存在に知り合いが増えるのは悪いことでは決してない」と温かい心遣いを示しているのだから、長門に代わって「ありがとう」と言っておきたいものです。
 さて、ハルヒシリーズの結末も、そろそろ見えて来たようです。ファンの間では結末はキョンの夢だったという夢落ち説があるということですが、私の推測もそれに近い。
 1年足らずで朝比奈さんは卒業する。つまり未来に帰ってしまいます。そこでハルヒは欠員を募集する。それに乗じて乗り込んでくるのが九曜の変装した姿。長門だけは正体を見破りハルヒを護ろうとするが、殆ど人間に近付いた今の力では相討ちが精いっぱい。つまり、長門有希はここで死ぬのです。死ぬことによって人間になったことを証明するのです。ブログにも書きましたが、それが彼女の不可避の運命なのです。
 朝比奈さんもいなくなったし、古泉君もまた転校して行くし、SOS団は解散します。ハルヒとキョンはあと1年の高校生活を、もっぱら受験勉強に充てて過ごします。そして、キョンは、驚くべきことに気がつきます。2年間にわたって宇宙人と未来人と超能力者と遊んだことに、ハルヒはとうとう気づかなかった。それどころかキョン以外誰も知らないのです。キョンの思い出以外に、宇宙人や未来人や超能力者と遊んだという客観的証拠が何もないのですから。
 ここに至ってキョンは、異世界人とは自分のことだったと気づきます。自分だけが他の誰とも異なる記憶を持っているのですから。
 キョンは、「消失世界」で、大人版朝比奈さんに、姉のような女教師のような慈愛に満ちた目を向けられつつ言われたことばーー「いつかあなたは高校時代を懐かしく思い出すことでしょう」をかみしめます。確かに懐かしい。しかも自分の思い出は、他者と共有不可能な、自分だけのものなのですから、いっそう掛け替えがない。その意味でこの思い出は、夢に似ているのです。
 どうかこんな結末を、作者が実行に移さないように!

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投稿者:φ
期待の方向性が先に決まっていて、ひたすらそれが満たされるか否かで主観的価値決定。その性癖(心理学では何と呼ぶんでしょうか)に渡辺さんも囚われましたか。私も環境音楽やホラー映画でよくそれをやらかして、失望して売り飛ばし、後で落ち着いて「やはり傑作だったのでは・・・」思い直して買い戻す、なんてこと幾たび繰り返したことか。
 で、ポスターですが、私はまだ一度も広げてません笑 元の場所に挟んだままです。存在すら忘れてました。せっかくだから広げてみようかな。
 『エンドレスエイトの驚愕』あとがきで私、「長門有希より朝比奈みくるが好き」とカミングアウトしておきましたが、そんなこんなで渡辺尺度では私、そもそもオタクではないのかもしれません。
 ただ、巨乳より微乳の方がはるかに好きですよ。身体的には(胸的には)長門と佐々木のファンな私です。(佐々木の胸については「Rainy Day」参照・・・)
投稿者:渡辺恒夫
三浦俊彦様
 ハルヒ新作一読。長門の出番が少ないじゃないか。まあ、ミステリー研機関誌に載る予定の彼女の原稿に期待するほかないか。
最大の失望は、『ザ・スニーカー レジェンド』編集・営業部に向けてのもの。
何ですかあのポスターは。SOS団5人のうち、後ろの方に一番小さくしか出ていないなんて。
『涼宮ハルヒの憂鬱』文庫本の編集部あとがきでも感じたけど、この出版社は長門をSOS団三人娘のオマケぐらいにしか思ってないよ。
出版社での序列は、ハルヒ>朝比奈みくる>‥‥(越えられない壁)‥‥>長門
アニメフアンを中心とした圧倒的な長門人気とはえらい違いだ。
ファンの間では、長門>‥‥(越えられない壁)‥‥ハルヒ>みくる
このギャップの原因を、私は次のように説明する。
リア充(出版社社員)の性愛様式=対象化愛
おたく(アニメクリエーターを含む)の性愛様式=同一化愛
対象化愛では相手を他者として愛するが、同一化愛の場合、相手と同一化し自分の分身として愛する。ハルヒや朝比奈みくるさんはおたくにとって同一化しにくい相手です。これに対して、
長門:ショートヘア・眼鏡=女性性の拒否。無口な読書少女=無口な読書少年(ゲーム少年?)としての自己像との同一視。銀河を統括する情報統合思念体の対有機生命コンタクト用ヒューマノイドインタフェースという自己認識=人類の中で自分だけが宇宙意識に選ばれたという独我論体験的な妄想との合致。
 おたくにとって(おたく男子だけでなくおたく女子にとっても)、自分がハルヒやみくるであるという事態は想像しずらいが、自分が長門であるという事態の想像ははるかにたやすい。これが長門人気の秘密です。


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