アドホック日記そのほか:: 三浦俊彦 の時空間 Blog

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投稿者:マイコ
文化によって神の定義は異なるので一概にはいえないのですが、人間にとって解明できないけれども必要なものを便宜上「神」とするのなら、神が感性を持っていると矛盾になると思います。
いろいろ本を読んでゆくうちに、様々な「神」説がごっちゃになってしまっているので、眉唾ものとして読んで下さい。
神は不死であり、人間が理解できない存在で、自然の摂理そのもののように人間からすると非情です。知ろうとすればロゴスでしか追求できないもので、それでも人間の所業なのでわかる範囲は限られている。わからないからこそ神々しくて畏敬の念を感じるのだと思うのですが。
このわかりにくい「神」は、そのままでは万人に理解されなくて布教できないので、キリスト教では、詩人肌で情愛のある優しい預言者キリストを神の子として祭り上げ敬うことで、非情な「神」が身近になり信仰しやすくなって広まっているのだと思います。
西洋の一神教に限るのかもしれませんが、神が人間みたいに感性を持っていたら、堕落して神じゃなくなってしまうようです。神と人間の間にいる天使は、人間に共感してしまったら堕天使になってしまって、果ては悪魔になるそうです。

感性への働きかけは信仰の切っ掛けになるものだけど、信じきった後は、感性を抑圧するほうが余計なものが入ってこないから、信仰を持続できる。そのために戒律や修道院があるのかなと思っています。
私は無信仰でいることが常識だと思っている日本人なので、神について考えることは切実な問題ではないのですが、それでも漠然と、宗教のようなものに依存できたらいいのになと思うことがあるので、つい「神」が気になってしまいます。
投稿者:φ
神が感性を持つことは矛盾だろうか?
投稿者:マイコ
神は人間の感性に働きかける存在であるにもかかわらず、神自体は感性が欠如している。

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