2016/7/1

〈愛国心〉に気をつけろ!  

〈愛国心〉に気をつけろ!

 昨日、学校厚生会の運営委員会総会に神戸へ出た帰り、 ジュンク堂で、 久しぶりに「岩波ブックレット」の新刊2冊を買った。 6月に出版された小冊子で、 その1冊が見出しのタイトルの本。 著者は鈴木邦男氏。 名の通った右翼の論客である。

 名前はかなり以前から知っていた。 「一水会」の代表。 テレビの討論番組に右翼の代表として出ていた記憶があるくらいで、 どんな経歴の持ち主で どんな人物かは知らなかった。 ただ、 私が固定観念として持っている「右翼」の人たちとは一味違うソフトのイメージがあった。

 読んでみて驚いた。 こんな右翼の御仁もいるんだ、 と嬉しくなった。 彼は正真正銘の右翼思想の持主には違いないし、 現日本国憲法は 占領下にアメリカから押し付けられたものだからと反対する改憲論者でもある。 しかし、 この「改憲」の考え方が 昨今の自民党の改憲族議員やヘイト・スピーチを煽る人たちとは基本的に異なっている。

〈愛国心〉がかわいそう

 彼の文章の書きだしは こうだ。
『愛はすばらしい。 他人を愛する。家族を愛する。 近所の人、学校の友だちを愛する。 国を愛するということも、 その延長線上にある。 だから、 〈愛国心〉だってすばらしいし、 〈愛国心〉をもつことも当然のことだ。 でも、 この言葉は利用されやすい。 「愛」といいながら、 その反対の「憎悪」や「排除」に使われたりする。 〈愛国心〉は人間として自然で、 当然の感情であるはずなのに、 為政者などに利用され、 エスカレートする危険性がある。 外国への憎しみを煽って、 外国人を排除し、 戦争を讃美する道具にもなってしまう。 国をとりまく環境が不安定になると、「愛国心があるなら、 国を守るために戦争も辞さずの覚悟を持て!」などとも言われる。 そんなことが、 いまネット空間や路上のデモなどで、 平然と叫ばれている。 「愛」なのに、 「愛」がない。 これでは〈愛国心〉がかわいそうだ。』

 若いころから私の右翼に対するイメージは 端的に表現すると『硬直』である。 天皇制讃美、 君が代、 日の丸への絶対服従、 『反共主義』、 自主憲法制定による国防軍創設等の信念にガチガチに凝り固まっている 議論の余地ない人たち・・・。

 しかし、 鈴木邦男という人は、 思考が柔軟なのだ。 冒頭の文章の姿勢が冊子の終わりまで一貫している。 彼は、 「元号をやめて 西暦だけにしたらいい」とか、 「君が代に代わる新しい国歌をつくるべき」とか、 右翼の御仁が目をむくようなことを平気で主張する。 だから かつての仲間から「売国奴!」、「裏切者!」と攻撃される。

『自由のない自主憲法』よりも
  『自由のある押し付け憲法』に! 

 彼の憲法に対する考え方も 私たち多くの国民と同じだ。 『憲法とは、 本来、 その時々の為政者が暴走しないように、 彼らを縛るためにつくられた装置だ。 それが立憲主義という考え方だ。 なのに、 一般の人たちも、 国家の目線で自分たちを縛る方向へと、 改憲を構想したがる。 まず国家を守ることを考え、 国民の生活、 権利、 自由などは、 ずっと後になる』といい、 『自民党の憲法草案も、 国の防衛、 国の威信を前面に出し、 そのためには国民の権利や自由は制限されて当然、 という発想だ。』と反対の立場を明確にする。

 鈴木氏の言説を読んで、 かつての私たち日教組もかなり硬直していた感があるな、 と思った。 彼も言っているように、 国が国民に「愛国心を持て」と強制するのは間違っているが、 『道徳教育』や『愛国心』に少なからずの警戒の念を抱いてきたことは否めない。

 とは言え、 彼のような「右翼」はまだ極少数派なのだろう。
 
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