2016/11/16

水曜エッセー「オペラ羅針盤」第2回  文化・芸術

オペラ羅針盤 多田羅迪夫(たらら・みちお 声楽家・東京藝術大学名誉教授)

オペラの訳詞上演と、字幕スーパーによる原語上演

近年、劇場に字幕が普及し、知らない原語のオペラも気軽に楽しむことができるようになりましたが、私がドイツの歌劇場で歌っていた70年代は、オペラは多くの観客の母国語である、ドイツ語の訳詞上演で上演されることが当たり前でした。
私の滞欧した時代は、字幕スーパーの技術が現れる前でしたから、国際化の進んだ大都市では原語上演、地域に密着した地方都市は母国語のドイツ語による訳詞上演と、上演方式が混在していて、演目によっては訳詞上演も成果をあげていたのです。
しかし、専属歌手として在籍した劇場で、ある時プッチーニの代表作のひとつ「ラ・ボエーム」を上演することが発表されました。「ラ・ボエーム」は、貧しい芸術家達とお針子ミミとの青春群像を描いた叙情溢れるメロドラマ。私たち歌手にとってドイツ語で上演するのには大いに抵抗がありました。「蝶々夫人」をはじめ、甘く流麗な旋律で、後期ロマン派のイタリア・オペラを代表するプッチーニの作品を、ごつごつした言葉のドイツ語で歌えば、音楽との密接な効果が伝わりにくいことが歴然だからです。
私たち歌手は、劇場支配人に掛け合い、イタリア語で歌わせて欲しいと団体交渉し、支配人は、各幕の前にドイツ語による寸劇を挿入する事で妥協してくれました。
その事が後になってドルトムント歌劇場「ラ・ボエーム」にゲスト出演した世界的プリマ、ミレッラ・フレーニさんと共演できるきっかけになったのですから、あの時、原語のイタリア語で歌うように掛け合って良かったなぁと思います。彼女の名唱を間近で聴けただけでなく、公演後ご一緒に食事をしたり、様々な話をすることが出来た幸せな体験となりました。
 帰国後も小澤征爾指揮「ヴォツェック」は、訳詞上演で標題役を歌い、同じ小澤指揮のヘネシー・オペラ「さまよえるオランダ人」では、ジョゼ・ヴァン・ダムとのダブル・キャストでの原語上演と、訳詞上演と原語上演の過渡期を経験しました。先般亡くなった蜷川幸雄さんの演出で、終幕の昇天の場面でオランダ人とゼンタが手に手を取ってピアノ線で吊り上げられたことなども懐かしい思い出です。


写真¬ 1992年3月『さまよえるオランダ人』 東京文化会館
指揮:小澤征爾 演出:蜷川幸雄
 オランダ人:多田羅迪夫 撮影:林喜代種

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