2008/2/25

2月25日  景色

春一番というには激しすぎる強風が吹いたと思ったら、紅梅に続き、白梅が青空に美しく咲いていました。考えてみれば、今日は「東風吹かばにほいおこせよ」の句で有名な菅原道真忌なのですね。
毎年、寒さの中でも春を忘れずに、香り豊かに咲く梅の花にしばしみとれました。

先日、東京オペラプロデュース代表の松尾洋さんが65歳で逝ってしまいました。
バリトン歌手だった松尾さんは、オペラを愛し、歌手の心を深く理解して、愛情を持って厳しい現実の中でも夢を忘れない、心延えのある人でした。
人の心や作品の中に美しい景色を見出すことの出来る人だったなぁと懐かしく思います。



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2008/2/27  12:12

投稿者:霜月の娘

若き日の多田羅先生の舞台を観られた方が羨ましいです。さぞかし素晴らしい演奏だったのでしょうね。
多田羅先生が帰国した頃っていうと、私はまだこの世に生まれてもいないころ。若い頃からのファンの方々が本当に羨ましいです。

2008/2/27  0:00

投稿者:立川の陽子

愛しのドニゼッティ様がそんなオペラを書いていたとはついぞ知りませんでした。
ダスティンホフマンの映画トッツィーみたいなイメージなんでしょうか?

2008/2/26  23:49

投稿者:赤坂ルフィーノ

東京オペラプロデュースといえば、まだ松尾洋さんが演出を手がけるようになる以前、1982年の「黄金の国」や84年のドニゼッティの「ビバ!ラ マンマ」が強く印象に残っています。
黄金の国は遠藤周作さん原作のオペラで、青島広志さん演出。最近のテレビ番組で面白いキャラクターを発揮している青島さんが、実は立派な作曲家だ(だった?)ことを実証する作品でした。あの頃のオペラプロデュースはまさに黄金時代。Viva la mamma の主役のマンマは、なんとバリトンなのですが、多田羅さんがイタリア女性に扮したそのアガタ役、日本のオペラ界の歴史に残る名演でした。たぶん海外から日本に戻っていらしたばかりの頃だったのか、これまでの日本人歌手にはなかったような豊麗な存在感と躍動感。あの頃は他にも佐藤征一郎さんとか、丹羽勝海さんとか、女声にも中村邦子さんや・・独特の存在感のある個性的な歌い手さんが大勢いました。中でもお若かった多田羅さんの活躍は本当に華々しく、オーラを放っていたことを思い出します。私がはじめて感動した日本のオペラでした。現在の多田羅さんであの歴史に残る幻の「ビバ!ラ マンマ」、もう一度観てみたいものです。
最近また活気を取り戻しつつあったように思えるオペラプロデュース。特に松尾さん最後の演出作品となったグノー『ロメオとジュリエット」と生前最後の公演とだったワーグナー『妖精』は、胸に迫るものがありました。
松尾洋さんに合掌。


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