1月22日の土曜日のことですが、
南相馬市小高区の浮舟文化会館で開催された岡村道雄先生の講演を聴く前に、
小高区泉沢にある、国指定史跡大悲山の石仏を見てきました。
以前に見てから、もう、かれこれ20年以上たっています。
岩窟に彫られた素晴らしい磨崖仏ですが、うっすらとした記憶しかありません。
もう一度参拝して見てみたい。
今回は、ぜひ写真に撮りたいと思い、立ち寄りました。
ここが大悲山石仏の入り口です。
入り口から薬師堂に登る階段の途中に、
県指定天然記念物「大悲山の大杉」が立っています。
改めて見ると、素晴らしい巨木、緑の文化財ですね。
とっても迫力が感じられます。
杉の周りには注連縄を回してあります。
樹齢1000年以上の大杉。
大悲山の磨崖仏は平安時代のものらしいので、ほぼ同じ時期を生きてきたのですね。
こちらが薬師堂の磨崖仏の覆い屋です。
もともとは、凝灰質砂岩の崖に釈迦如来や薬師如来などの磨崖仏が彫り込まれていたのですが、風化を防ぐために、このような覆い屋を建てました。
薬師堂の磨崖仏は、覆い屋の中に入ってガラスごしに拝観するので、なかなかうまく撮影できません。
でも、仏像を見るとお顔などは風化しています。
衣裳や光背などの彫刻は何とか残っています。
平安時代後期の作だそうです。
こちらは阿弥陀堂の覆い屋です。
阿弥陀如来が刻まれていたそうですが、ほとんど風化してしまいました。
こちらは、少し離れた所にある観音堂の覆い屋です。
岩窟内に、千手観音の磨崖仏が刻まれています。
千手観音も風化が進んでいます。
平安時代後期の、いわゆる藤原時代の作、
1000年以上の時が経過しているのです。
千手観音像の両側には、このように化仏が刻まれています。
賢劫千仏と言われています。
千手観音の千手がしっかり残っています。
このような岩窟の角隅に、よく化仏が刻まれました。
朱が塗られています。
千手観音像の左脇下に、髑髏のような顔が見えますが、
これは偶然でしょうね。
岩窟の右角隅にも、このように化仏が刻まれていました。
ハマグリの貝殻が納められていました。
なぜでしょうか?
不思議に感じました。
本当に久しぶりに訪ねた大悲山磨崖仏、
とっても荘厳な雰囲気でした。