やまがっこう

 
投稿者
メール

 
コメント
URL
コメントは新しいものから表示されます。
コメント本文中とURL欄にURLを記入すると、自動的にリンクされます。
投稿者:やまがっこう
バジルさん ありがとうございます♪

昔のお葬式って、地域コミュニティの「絆」が最大限発揮される「場」でした〜。

僕らが子供の頃は、昔で言う「部落」の人々で葬儀をとどこおりなく執り行うことが一番大切なことと認識されていました。

なので、「近所のお手伝い」や、葬儀がとどこおりなく終えた後の「精進上げ」や「直会」がコミュニティり「絆」を維持する上で最も大切なことと、無意識のうちに認識されていたものと思われます。

実は今日、白河で会議があって、その後飲み会だったのですが、そのときに民俗芸能を専門とされている先生とお話しする機会がありましたが、先生も「お祭りの後の直会が実は一番大切な行事で、お祭りを継承していくコミュニティの絆を維持していくために直会は必要不可欠なのです」とおっしゃっておられました。

昔は、お祭りや祝儀や不祝儀のあと、必ず直会をやって結んでいましたが、それがコミュニティの結束を維持する大切な行事だったのですね〜。

そういったことも考えて、ばあちゃんの告別式のあとの直会、暖かい雰囲気で行えればと願っています〜。
投稿者:やまがっこう
kotohananaさん ありがとうございます♪

ご遺体の天冠、僕も覚えています〜。
あの三角形のお印ですよね。

ドリフターズの「8時だよ全員集合!」のコントでも、いかりや長介さんあたりが額に三角布を付けていたのでしょうか? 加藤茶さんだったかな〜??

ちょっと忘れましたが〜、懐かしいです〜。

僕も、子供の時、母方の叔母が亡くなったとき、納棺のときに天冠を付けたのを見て、「お化けみたい〜」と、子供心に感じたことを思い出します〜。

昔のお葬式って、村の共同体の総力を挙げて執り行っていましたよね〜。

集落ごとに葬儀組合があって〜、葬式前の打ち合わせで役割分担して、会社勤めの人も休みを取って参加していました。

ご婦人方も「白ふかし」のおこわをつくったり、精進上げの料理を作ったり、

お年を召したご婦人がリーダーシップを取って若妻の方々を指導されておられる、、

今考えると、あれが地元の「絆」だったのですね〜。

懐かしいです〜。
投稿者:やまがっこう
マリリンさん ありがとうございます♪

マリリンさんも自宅葬を覚えていらっしゃるのですね〜。

昔は、どこの田舎でも、地区単位で「葬儀組合」があって、ご近所の方々総出でお手伝いしたものですよね。

僕も「六尺」の役割になったことがございますが、その頃になると楢葉でも火葬が普及して、出棺の手伝いや火葬場での手伝い、お墓への納骨の手伝いでした。

「六尺」の役割になると、朝から一杯いただけました〜。でも任務があるので、酔っぱらうわけにもいかず、ほどほどにしてました。

「葬儀組合」は、考えてみれば、地区の人々の「絆」でもあったわけですね。
投稿者:バジル
お葬式は、何かと大変ですね。
昔は、やまがっこうさんのおっしゃるような感じでしたね〜。

でも、今は、すべてが揃っていて
あまり、近所のお手伝いはいらないくらいですね。
それでも、近所付き合いのために、お手伝いを頼む所もありますね。


葬儀の後の儀式、3年は続きますね〜。

神式の葬儀や墓標、興味深いです。
投稿者:kotohanana
子供の頃、ひい婆ちゃんが亡くなった時、額の天冠を見て「あっ…ドリフタ−ズだ…」と思ったのを思い出しました。
額の三角布なんて、「8時だよ全員集合!」のコントだと思っていたので、かなりの衝撃を受けました〜。

昔はご所の方や寺の世話人の方総出で、早朝から葬儀の準備、お料理まで準備してました。みなさんお料理しながら池で手を洗ってましたし…。
ほんとに、のどかでした〜。
投稿者:マリリン
昔はどの家も自宅で葬儀をしたものですよね。
今は葬儀場にお任せすれば、全部済みますもんね。

メッセージBOX

過去ログ

カウンター

本日のアクセス
昨日のアクセス
総アクセス数
teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ