やまがっこう

 
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投稿者:やまがっこう
あねさん ありがとうございます(^^♪

ここは、中世の戦国時代までは伊達の殿様と相馬の殿様の領土境で、いろいろな戦いの歴史がありました。

江戸時代になって伊達の殿様は仙台に移り住みましたが、「伊達と相馬の境」は民謡に歌い継がれるくらいに歴史的な重みがあったのですね。

一番緊張したのは、伊達政宗公の時代だったと思います。

相馬氏は、平安時代末期にありました、源頼朝の奥州征伐で手柄を立てた千葉一族で、その論功行賞で福島県浜通りの北半部に領土をあてがわれたことから始まります。

幾多の困難にもめげずに、明治維新まで領土を守り通したのは、薩摩の島津家と相馬の相馬家だったと思います。

江戸時代は、相馬藩は六万石でしたが、幕府の改易にも遭わずに幕末まで維持できました。

そんな歴史を見ていますと、伊達市と相馬市の境は、今でも「藩境」と思えてきますね。
投稿者:あね
いいですねぇ。
緑豊かでおだやかな中山間地の近隣に
住まわれている方は・・。
都市近郷の緑の少ない所では、重い腰を
揚げないことにはなかなか「日本の美」に
出会うことができません。

それにしても、市の境を「藩境い」と
表現するあたり、やまがっこうさんらしい
ノスタルジアを感じます。
投稿者:やまがっこう
カエデさん ありがとうございます(^^♪

おっしゃるとおり、月日の経過は早く感じました。霊山のじいちゃんが元気だった頃の笑顔が、つい昨日のように思えてなりません。

訪問すると、昼から「飲むべ」と、僕と一杯やるのが楽しみだったのです。

霊前に献杯いたしてまいりました。

裸一貫で開拓して、牧場をつくりあげて、じいちゃんのおかげで、今では、牛60頭を飼育する酪農家となっています。

あの日は、カエデさんのお母様のご命日だったのですね。謹んでお母様のご冥福をお祈り申し上げます。

24日は、ほんと、お天気も良くて、藩境の桜も青空に映えていました。

カエデさんのお母様も、霊山のじいちゃんも、微笑んでいたと思います。

同じ日に、カエデさんもいらしたのですね♪

阿武隈の山並みの美しさを目にして、なんとなく、里心に浸りました〜
投稿者:カエデ
おはようございます。
月日の経つのは本当に早いですね。
私のところも今日が母の命日で、昨日墓参をすませてきました。
この境の桜、私も24日に撮影してきました。
玉野に用事があったので通りかかったのです。
14日に通った時はまだ固そうなつぼみだったのに、24日は満開を過ぎていましたね。
なかに1本、エドヒガンがありましたね。
地元の人に種を聞かれたのですが、帰宅して画像を拡大してみて確認しました。
投稿者:やまがっこう
雀さん ありがとうございます(^^♪

久しぶりに霊山町に行きました。

法事で、ひまわり君と一緒だったので、山には登れませんでしたが、あのあたりは、新緑一歩手前という感じでした。

春の霊山周辺は、清々しくで、素敵な雰囲気ですね。

いつかは、新緑の霊山にも登ってみたいです。

法事に集まった人々は、霊山のふもとに住んでおられる方々で、地元のお話を聞くことができました。
投稿者:雀(から)
昨日は、山の先輩も霊山を歩いてきたよ♪と寄ってくれました(*^^*)




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