やまがっこう

 
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投稿者:雀
確かに仏陀が恵まれた境遇を捨てて出家したのは現実に酷い境遇にある民を目の当たりにしての事・・・今では逆に宗教を利用する弊害も出て来てますが、原点はピュアなものだった筈ですね、、。
投稿者:やまがっこう
雀さま

仏教におけるお経とは、現在、亡くなった方への供養の意味が強くなっていますが……、

僕は、お経とは、現世に生きる人々への指針であると思っています。

神の意味も、キリスト教における神とは、理想的な道徳心を備えた理想的存在ではないかと思っているのです。

すなわち、仏教の教義は現世における理想的な生き方であり、さらに、それを具現して理想像としたのがキリスト教の神の概念ではないかと愚考しております。

宗教も、色々考えると、とどのつまり、現世に生きる人々の精神的な安堵を得るがためではないかと思いますし、僕はそれでいいと思います。

平安時代末期、極楽浄土が来世にあると信じて鳳凰堂を建造した藤原道長がおりましたが、道長自身、浄土が来世にあるのではなく、現世に実現すべき政治的課題として行動したら、また、別の政治的展開があったのではないかと思います。

すみません、思うまま、述べさせていただきましたー。
投稿者:雀
地味ですが、仏教には自然と共生する知恵が沢山含まれていると思います・・・それほど熱心な信者ではないのですが、今日はやと年末ギリギリにお墓掃除をして来ました・・・同事・先途他の精神、などなど、心の洗濯するのにピッタリな教えが沢山ありますね1
間もなく除夜の鐘が鳴るというのにうちはやっと年縄を飾っただけです、、、急がねば〜!! 良いお年をm(__)m

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