東京上野の東京国立博物館において、
文化庁海外展 大英博物館帰国記念
国宝土偶展
が開催されています。
僕たちも、埼玉県・千葉県に出張した際に東京国立博物館で見てきました。
いずれも、イギリスの大英博物館において平成21年9月10日〜11月22日まで開催された「THE POWER OF DOGU」に展示された優品ぞろいです。
日本国内から出土した縄文時代草創期から晩期にかけての有名な土偶を一覧することができます。このような機会はそうはありません。
そのなかに、郡山市田村町谷田川の荒小路遺跡から出土した土偶が含まれています。
荒小路遺跡は、昭和59年に、国営総合農地開発事業母畑地区の開発にともない、当時の福島県文化センター遺跡調査課が福島県教育委員会の委託を受けて発掘調査いたしました。
僕も荒小路遺跡発掘調査の調査隊員でした。
とっても懐かしい現場です。
現場は水郡線谷田川駅の近くで、谷田川左岸の段丘に立地した縄文時代後期の遺跡でした。調査面積は広く、現地に駐屯基地を設けて約5ヶ月間調査いたしました。
考古学が大好きな俳優の刈谷俊介さんが現場見学に来られたのを覚えています。
これが、荒小路遺跡から出土して、大英博物館から東京国立博物館に展示された土偶の実測図です。現場での土偶を掘り出したのはN先生で、すでに退職されていますが、土偶の顔つきがN先生にそっくりです。
やはり、土偶の顔も掘り出した方のお顔に似るのでしょうか。
上の実測図は、発掘調査報告書(福島県文化財調査報告第148集 国営総合農地開発事業 母畑地区遺跡発掘調査報告19 荒小路遺跡・地蔵田A遺跡)に掲載されて公開されていますが、実測図は僕が作成いたしました。
この図面作成は時間がかかりました。
図面の原図を作成したのは昭和59年の12月で、トレース図作成は昭和60年1月です。
原図は、土偶をデバイダーで計測しながら、方眼紙に鉛筆で描くのですが、原図作成に2日かかりました。
土偶の輪郭や顔・胴部・脚部の特徴、文様の施文方法などを観察しながら、図面に記入して行くわけです。
原図を作成した後に、トレーシングペーパーをかぶせ、トレース図を作成いたします。
輪郭はロットリングという製図用万年筆でトレースし、細部は、製図用Gペン、丸ペンを駆使してトレースいたしました。
丸ペンも、ペン先をオイルストーンで細く研いだ丸ペンと、研がない丸ペンの二種類用いました。
線の太さを使い分けるためです。
単なる絵画でなく、考古学的な実測図なので、大変神経を使いますが、慣れてくると描けるものですよ。
最近は年のせいで遠視が進み、描けなくなりましたけど、、、
この土偶の年代は、縄文時代後期前葉です。考古学的には、綱取2式期終末期と推定されます。
土偶の型式はハート型土偶と呼ばれるものです。
ハート型土偶の典型は、群馬県郷原遺跡出土の、顔の輪郭が文字通りハート形に造られた土偶ですが、その土偶の特徴に、この荒小路遺跡出土土偶が似ています。
荒小路遺跡からは、このような土偶の顔も出土しています。
左右の両頬に2本の平行線が引かれていますが、これは当時の入れ墨を表現したものと推定されます。
縄文時代後期になると、大人になる時の儀式として入れ墨を入れる風習があったのでしょうか???
当時は、ほかに、すごい儀式もあったのです。
抜歯と言って、成人になるときに前歯などを抜いて、その痛みに耐えて一人前と認められるという通過儀礼です。縄文時代の頭蓋骨に意図的に規則的な抜歯を行った痕跡が明瞭に残されています。僕もそのような縄文時代の頭蓋骨を実見したことがあります。
この抜歯風習は、台湾においても先住民族の間に残っていたそうです。抜歯の様子を撮影した写真なども残されています。
昔は、痛みをこらえる精神力が認められて成人になれたのですね。
入れ墨だって、相当な痛みを感じるはずですものね。
土偶のほかに、獣形土製品も出土いたしました。
上の図は、イヌの頭部と考えられます。
この図面のトレースは苦労いたしました。
細部を極細の丸ペンでトレースするため、左手にGペンを持ち、Gペンの先でトレーシングペーパーを押さえて、右手で細部のトレースを慎重に行いました。
こちらは、イノシシの幼獣の土製品です。
いわゆる「ウリ坊」ですね。
鼻や口の大きさに対して胴まわりが小さく、そのように判断しました。
脚の部分に4箇所穴が空いていますが、おそらくそこに細かな石でも埋め込んだのではないかと考えられます。
敢えて「ウリ坊」の土製品を作ったということは、縄文時代後期の人々がイノシシの幼獣に特別な意識を持っていたのでしょうか???
あるいは、幼獣をつかまえて来て飼育していた可能性もありますよね。
現にイヌは飼育されていたようです。
こちらは、間違いなくイノシシの成獣です。
頭部から背中にかけて盛り上がった、かなり貫禄あるイノシシです。
ウリ坊もイノシシ成獣も、トレースでその雰囲気を出すのに苦労したことを覚えています。
土製品は、意外と実測図がむずかしいです。石器や土器の方がまだマシです。
今は、もう描けないなー!!!
思い出深い荒小路遺跡の発掘調査と整理作業でした。
あの頃は、毎晩10時過ぎまで残業続きでした。それでも何とも思いませんでした。
忙しい日中よりも、残業している夜の方が図面作成や原稿作成が進むのです。
あの頃はパソコンもワープロもありませんから、全て手作業、原稿も手書きです。その方が手技を活かせるので楽しかったです。
今は人件費が無いから極力残業しないようにとのお達し。
なかなか大変ですね。