2021/11/28

萎縮  雑想

どこかで響く花火の音。店から見えたけど、寒くても花火を見てるとちょっと暖かい気分になるのはなんでだろう。

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先日実家に送った贈り物が届いたようで母からメールが。そこには「お父さんは、もう私達の事は分からない様子です」と。精神科的な療法が必要との事で精神病院に入院中ですが、この様子では僕が札幌に帰って面会に行っても僕の事は理解できないだろうな。

最後に会ったのは2020年1月。会話は普通に出来ていたと思うのですが、この頃から予兆はいろいろあったらしい。最後に話をしたのは今年の4月早朝に来た父からの電話。もう既に認知症が判明していた時。

誰が誰だか分からない状態ってどういう事だろう。もしかしたら今現在、自分自身の事すら認識していないのかもしれない。萎縮が加速する脳細胞を抱えた頭で生きている意味なんてあるのだろうか。

現状、薬や看護で生かされているけど、生きているから生きている意味はあるのだろうと思う。でもそれは多分、父自身が生きている意味を見出すのではなく、周りの人間が自分自身生きている意味を見出すヒントを与えてくれているのだろうと、ちょっと推測してみる。って何言ってるか分かりませんねぇ。
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