2017/10/28

哲学者と狼 感想  読書(感想、気になる本)

https://www.amazon.co.jp/dp/4560080569

哲学者のマーク・ローレンズがまだ若い頃にオオカミ「ブレニン」と一緒に過ごした回顧録、生じた哲学的問いを書き記したのが本著。


頻出する比較は「サルとオオカミ」。

サル、すなわち我々は詐欺を働き、それを見抜く…を繰り返し脳が発達、全動物の中で最も発達した生き物となったと仮説。

一方オオカミは詐欺的行為の必要性を全く感じない、いわば人間から詐欺的要素を省いた動物と言える。

幸福とはなにか、という普遍的な問いに一応の答えも書いてあり、それは一瞬一瞬の自分を見た他者視点として記憶に蓄積される。

運が尽きた時、何もかも失った向こうに本来の「自分」がいるのであり、「とても辛い、耐えられない程辛い」時は幸福でもあると答えている。

そして人生で一番大切な事は「反抗」だと強く主張している。

ブレニンとの生活パート、哲学的問いパートの2つに分かれ、後項は何度も何度も読んで納得することが当たりまえで読み終えるまで時間がかかりました。
(20時間くらい)

「子どもは親を育てる」の一例でもありそれは人間の子どもではなくてもオオカミでも同様の「責任感」を得る。

時間は待った無し、子どもの異変も待った無し。

最近考えている事は、言葉の限界はすぐくる、つまり言葉の力は意外とないということ。

「脳内で言葉を具現化する」だけではな全くもっと足りないという事。

「人の言葉」を「自分にもの」にすることは難しい。

「人が撮った動画・映画」の方が「自分特有の感慨が生じ易い」ということ。

体験、自分の肌感覚で感じた方がいいこと。

つまるところ、言葉は自分の「なんとなくの感情」を具現化したもの。

言葉は自分から発生したもの以外は陳腐なもの、もしかして「偽物」と言えるかもしれない。


といっても、これは「言い過ぎ」で、言葉を細分化する必要性。

「伝達手段」…歴史を記す、報告→つまり、言葉を使って出来事を他人の脳内に再現させる。

「具現化」…感情、感想…→自分を理解するため


本の感想から発展した独自の哲学になってしまいました。

他人の言葉に影響されたくて読書習慣を身につけましたが、結局は相容れない他人の言葉なので時間の無駄では思ったり。

しかしそんな本でも「このジャンルが合う・合わない」を感じ取ったり「言葉の限界」なんて文字化したら大それたことを仮定したりと新たな発展もあるので続けるべきでしょう。

オオカミかっこよかったです。
0



コメントを書く


名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ