2018/3/7

自分のせいではなくてその道具のせい  ふと思いついた事。



自分含めですが多すぎる。

何回も同じチャレンジ→失敗を繰り返すと「自分が悪いんだ」と帰結する人。


やっとわかったのが、自分ではなくてその環境が悪いということ。


環境を変化させるには知識、お金が必要になる。

環境ではなく人の責任にするのは「知識が無く、お金がないのでその人の環境を変化できない」自己紹介。

「あなたが悪い!」と一方的に責める親は「私は無力なので子どもに責任転嫁する親です」という自己紹介。


というか、この手の話は当ブログで何回もでている。が、まだ脳に浸透していない。


例1

職人の元でとある製品を作る時。

弟子は師匠と同じようにしているはずなのにうまくいかない。

師匠からは「まだまだ時間がかかる」と言われる。

この場合、このまま師匠と同じ方法、道具で修業するよりも、自分に合った道具を探し出すか作り、製造方法も自分に合った方法を見つけ出す方が近道。

環境に合わす、よりも合う環境を構築、のほうが効率もよければ人間にとってもそっちのほうがいい。


・環境に合わせる
 ・・・師匠、先輩達が使っていた工具で、同じ工程で鍛え上げ師匠のレベルに近づこうとする。

・環境を合わさせる
 ・・・自分にあった工具をカスタマイズ、合った工程を導き出す。
    また苦手な箇所は機械に頼る、特注で注文する。

例2


実例ですが。

ホテルで泊まる時、孤独感がすごい。

その時、いつも聞いている音楽、ラジオ番組を聞くと凄く落ち着く。


・環境に合わせる
 ・・・孤独感を発生させる自分が悪いので、孤独は慣れだ!と言い聞かせる。

・環境を合わさせる
 ・・・日常聞いている音楽、番組を聞いていつもの環境を作り上げる。



例3

とある科学者の例。

過去に作り上げた法則を実証するため実験を繰り返す。

しかし何度やっても失敗をする。他に成功したという事例もでてきた。

自分の実験の腕のなさに嫌気がさす。

数年やった後、気づいたのは「法則が間違っている、ということを証明しているのでは?」と。

実際、成功した事例は再現性がなく正しくは「法則が間違っていた」ということが判明した。

法則が間違っているところから、新たな法則を導き出すことに成功した。


・環境に合わせる
 ・・・失敗し続ける自分が悪い、才能が無い。もうこの分野は向いていない証明をしてしまっている。

・環境を合わさせる
 ・・・失敗をしたのは自分のせいではなく、法則がおかしいからだ。




人間は大人になっても赤ん坊から変わらない

赤ん坊は食べ物を作ってくれる人がいないと、面倒を見てくれる人がいないと生きて行けない。

大人になると自立し環境に順応できる能力をもつ=社会適応性をもつ。


僕はそうだとは思えない。

赤ん坊は環境に順応できない、ではなくて環境を変化させる力を持っている。

大人が面倒を見てくれる環境を赤ん坊は作り上げらる、自分が生きて行く環境を作り上げることができる。


それに比べ、大人は「自立性を持っている」という社会認識から赤ん坊のもつ「弱さ」を利用し環境を変化することができない。

しかし、違う方法、己が構築した自立性により環境を変化させることができる。


結局は環境に適応も環境を変化させる・構築するの延長線上?



普段ひきこもりがちな人間ががんがん音がなるクラブやDJが腕を振るう小屋にいくと戸惑うだろう。

教被反応をしめしたり、無理矢理テンションを上げてみたり。

上記は「環境に順応する」行為である。

これを続けると慣れていき、そして「環境に順応した」ことになる。

ところが、僕はこれを「環境を変化させた」の部類に属すると考えた。

なぜなら「自分にとっては環境が自分を受け入れてくれている場所だと認識させることに成功した」からだ。

ランニングをする際、ランニングウェア等着ずに寝間着で行うとする。

はじめは恥ずかしいが、続けると慣れる。

これも「寝間着で走るとおかしい場所」から「寝間着でランニングをしても違和感を感じさせない場所だ」と環境の存在自体を変化させた。

認識の変化=環境の変化
 
つまり、環境に順応したのではなく環境に変化を与える、認識の変化をした、ということ。



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