2018/3/25

ニッポンのジレンマ「親と子のジレンマ」を見ての感想  ふと思いついた事。

アナウンサーが「でもスポーツ選手とかで小さいときからの親がつきっきりだけど結果成功した人がいるけど?」という反論。

番組では異議というより「そんな場合もあるよねー。」みたいな、流したような確かにと言い包まれたような。



「こういう体験をしてトラウマになった!」
からの
「でも、その体験をプラスにした人だっているよ?」

という反論は僕もよくされますし、自分自身にすることもあります。


今回については、節穴だらけの異議となりますが「暴力教育のおかげでスポーツ選手になった人についてはどう思う?」と尋ねます。


親が子に対する暴力、虐待の取締が強化されまた世間でも犯罪だという認識が高まっているので、いくら大成したとしても非難される行為。


この違いは「法に触れているかどうか」であり、人によって効果が違うという点では同じ。

つまり「人によっては〜」という反論は統計思考であり困っている目の前の人の尊厳に傷をつけ、マイナスな影響を受けたあなたは能力が低いとまで言われているかのようにする発言です。


「親が子に対する過干渉」についてまだ人類にとって共通認識がなく、被害者も親というまだまだ子を育てる尊敬すべき人間という意識が抜け切れておらず・・・・

・・・と、要するに毒親はカウンターとなったが攻撃力はまだまだしょぼいということ。

一昔前までというか最近まで強姦被害者自身が「自分のガードが甘かったから・・・」とか自責をして泣き寝入りするのと同じ部類に属するかと。


「人によっては〜」を平気で言える、言われるということはまだまだ世間で浸透していないという証明。

また否定的・懐疑的な意見が一般解だという証明でもある。

だって「ストーカーをされた経験から自己防衛力が上がりビジネスに活かせる人がいるから、ストーカーは悪いことではない」なんて通らないでしょ。
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