2018/6/23

「知識がある」ことで値段が上がる、価値が出る。  ふと思いついた事。

IPと絵について考えていました。

よくみかけるのは

・絵なんて「ただの絵」なんだから1000円でも高い!
・個人が書いた絵なんてなおさら!無料でくれ!
・いまやインターネットで無料でコピーできるじゃん!


というもの。ツイッターに個人プロフを信用すると若年から高年まで。

つまり働いている、社会の仕組みについて経験的に知識を得た人たちもそういう考えの人がいる。


問題としては

・人は実際人が作っている姿、またその人を知らないと生産物にまるで人が介在されていないという錯覚が生じる。

・普段から絵を目にしているのでもはや空気のようなあって当たり前と勘違いし価値を実感出来づらい。

・金=汚いもの、という教育や雰囲気を浴び続けていたため簡単に責め、それが正当だと主張する。


意識がないと知識がないは意味合い的に親戚だと僕は考えています。

空気を吸うにしても、酸素より窒素の方が割合高いことやアルゴンが含まれていることを知っていることで不意に呼吸を無意識から意識へと持ち上げて考える、とか(僕だけかもしれませんが)。

知識がないと「あった当然のもの」「考える必要がない」と判断し無視をする。

一時期「配送業の過重労働」が報道されまくったせいで不在届に罪悪感を覚えるようになったり。

ツイッターの絵に話を戻すと、書いている方は「それまでの訓練、その絵を描いた時間、知識」があり、さらに「著作権の知識」があると「たかが絵」が通用しないことをわかっている。

現在進行中の「youtubuのネトウヨBAN祭り」から露わになったのは「無知=最強」というおかしな理屈がまかり通ってしまっていること。

本人もそれをしっているので、知識を植え付けようとすると拒否反応をしめす。

「金の亡者め!」と。


現在中国の映像関係企業が嘆いているのは「IPが乏しい」というニュースはよくみかけます。


ツイッターではアニメ関連の絵が軒並みいいね!の数が高い。

これは本人の画力もありますがそれ以上にその作品の力のほうが、圧倒的に強い。

「人間が興味をもつ」というのはとてつもない力だということ。

自分が欲しい!=価値あるものなはずなのに「無料じゃないといやだ」は、なんというかその国の貧しさを連想させてしまう。
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