2018/10/14

人生は基本足し算しかできないことを強く意識する。  ふと思いついた事。

認知症とか、事故による四肢欠損は引き算・・・?


「足し算」と「引き算」についてよくよく考えていました。

しんどい時、何かをやっていて「しんどい」が先行するのは大方「引き算」な考え方をしています。


「憧れの人に近づいている」は足し算です。

「憧れの人と比べここが足りない」は引き算です。


知能の進化の短所、虚構を作り出せる人間だからこその欠点。

「予想ができる」「計画を立てる」は全て人生を引き算へと連れて行きます。


ただ引き算は悪いかというとそうでもなく、引き算のおかげで人類がここまで発展したのは間違いない。

だからここまで有能だからこそ、安易に頼り自分を苦しめる道具にしてしまいがち。



「成功する未来が展望できる計画」を立てられるとポジティブになりますよね。

しかしその計画にいざ取り組んでみると途方も無いことに気づき「きっといい未来が来るはず・・。」と信じることでなんとかモチベーションを保つ。

計画を立てるときには「基本足し算」ができるように設計をする。

余裕を持った計画、失敗を前提、失敗をしても「足し算」と思えるような設計。


できる限り「引き算した時の値が大きくならないよう」心がける。

長期計画の危うさですね。



未来予測、計画が立てられるので「その未来」と「今」を比較してしまう。

持っていないのに「持っているはずの未来」と「持っていない今」を比べる。

ただ、やれば「足し算」にしかならないので今やる。

自分に対して戒めです。

無駄に計画を立てて勝手に落ち込んで、が多すぎる。

「行き当たりばったり」は批判されがちですが、恐る必要がなく。



この言葉は「未来予測勢のプロパガンダ」ですよ。


「未来予測、計画を立てられる人間こそ新人類。」という表明。

本当の意味での未来予測なんて誰もできませんし。




「行き当たりばったり」の意味合いを変えます。

・己の臨機応変力が試される機会のこと
・時間軸を自由に移動できない人類含む生物達に対しての批判。つまりできるはずがないことに対し批判すること。
 また、その不条理な批判に対する批判として冗談めかすこと。

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