2018/11/28

失敗について再考  ふと思いついた事。

特に僕ですが、社会全般、失敗にコントロールされすぎです。

歴史をたどることで無意識化にまで沈殿された概念を表面に浮かび上がらせコントロールされた度合いを測ることができる。







失敗・成功というような簡単に白黒はっきりさせる言葉は応じて歴史が深い。

現在でもいわゆる「グレーゾーン」の認識レベルが低く白でないと糾弾する人たちがいる。

もしかすると、この失敗・成功が言語化されるまでは物事の結果のグレーゾーンについて寛容だったのかもしれません。







そこで誰か恐らく権力者が己の利益のため「失敗・成功と白黒はっきりさせた概念を形成する。これにより我に貢献してるかどうかを判断する」みたいな。

トップダウン。失敗・成功がボトムアップで生まれた言葉だとは到底思えないんですよね。








ボトプアップだとすると「こっちの方が成果が多いのになんで給料は同じなんだ!失敗・成功という概念を作ってこっちが有利だということを殿に教えよう!」



・・・・ボトムアップありそーですね。

だが、総じて「成功側(強者)が言い出した」のかな、と。

では「失敗側」だとすると・・・


「私より成果を挙げている人と同じ給料などもらえません。成功・失敗という概念を導入してはっきりさせてください。」

「私には向いていなく死ぬほうがましなレベルの仕事をさせられている・・・失敗・成功という概念を作って失敗する者はその仕事から離れる権利をもらおう。」







こうして考えてみると・・

成功者側・・・己の利益の拡張、信頼の確認フィルム、他者の出しぬき。

失敗側・・・罪悪感の軽減、自分の考えを社会に理解してほしい(語源のほとんどに当てはまりそうですが)


成功・失敗概念を形成することで寛容さが失われたが「社会・権力者が楽かつ短時間で判断できる」という利益を得た。

現在まで頻繁に使われているのでそれだけ有益な概念だということ。

有益・そして簡単に理解することができる概念なので個人レベルにまで広まっている。

「簡単に理解出る」というのは「風」でありつまり奥深く考えずに習得してもいいという勘違いを起こしている。











現時点で僕が考えている成功・失敗の問題点。


・こどもに頻繁に使うべきではない
→何が失敗か成功をはっきりさせる時期じゃない。こどもが生まれて初めてやることその概念を押し付けるのは荒唐無稽で「何かをやる」時点で成功でしかない。


・物事を簡単に理解するための概念だということを十分に理解すること。
→人は「簡単かつはっきりと区別できる概念」を好んでいる。脳に負担をかけずにまた大勢が賛成すること事柄に魅力を感じるから。つまりこの概念には簡単に人を切り捨てたり持ち上げたりする効用がある。


・物事の多くは当てはめられるが同時に本質をそぎ落とすほど強力
→失敗を怖がってできないこと、成功したために行動できないことなどなど。












成功・失敗概念は魔法の言葉です。軽く人間を支配しています。

この二つの言葉で人の生きる道を大きく左右させる。怖い言葉。


ただいくら一個人がそう考えたとしても未だ強力で資本・競争社会では有益をもたらしているので利用すりしかない。












利用する。

そう、利用するので、世間が簡単に喜び賛美する「成功」だけを話せばいい。

社会が失敗と認識する談話は評価を落とすだけ。


社会を利用するためだけの概念なので、成功だけを口にすればいい。

それくらいの冷めた関わり合い方をする。











で、個人レベルではこの概念を持ち出さない。

あくまでも社会と迎合するための道具でしかない。
0



コメントを書く


名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ