2019/2/20

自分の人生の責任を自分のものにする方法・実感がわからない  ふと思いついた事。

おそらくこれは理解すると「なんだこんなに簡単だったのか」と以前までの自分がなぜ理解できなかったのかがわからなくなるはず。


フィギュアの爪の造形が理解できず3年、先日やっと造形することができて「なんでこんな簡単なことを・・」と悶絶しかけました。



責任を自分のものにする、自分のものにできるのか問題です。


一時期「自分の身に起こった全てのことは自分の責任」と解釈していましたが大間違いでした。

ただただしんどく「他人が発行した責任」を負ってしまい精神的重傷を負いました。



で、今は責任は発行するのもの人同士がコミュニティを形成する中で最も重要な虚構だという解釈。

つまり「自分と他者」という関係がないと生まれない、という考え。


しかし確実に「自分一人だけの世界での自分の責任」というのが存在します。

それを掴み取る感覚がわからない。

幼少教育で責任=暴力・暴言が許される、みたいなことしか学べず。



学校や家庭で学んだ責任からは逃れたが社会ではどうやら「自分が自分の責任を掴み取ることが何やら重要らしい」ということを知り。


これは幼い時に身につけておくべき能力でしたが未だ理解できず。


「お前のためと言われ嫌々やらされてきた経験」があまりにも膨大なのでその中から真の意味での自己責任を見つけることができない。


これかな、とヒントじみたものはあります。

それは「他人の意見なぞまったく考えずに成し遂げたことが社会から成功だともてはやされる経験」がその実感を教えてくれるのではないか、と。


他人の意見、感想から導き出した行動というのはすでに「他人に責任を預けている」と言える。

真の自己責任とは成功しようが失敗しようが「やってよかった」と実感できる種なのかな、と。

なので社会から成功だともてはやされた時にどう感じるのか、「思ったよりうれしくない」と感想持つのかな、と予想しています。

それを経験することで真の自己責任を掴み取る感覚が養われるはずだ!という想像

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