2019/2/21

責任を耐える器官、とは  ふと思いついた事。

食べ物を消化する器官

血液を循環させる器官


責任に耐える器官


器官・・・?


僕の想定として、大半は器官とも言い換えられる「能力」を幼少時にその得られている。

僕はその器官が内在していない、つまり外部にある状態。

胃瘻や人工呼吸器のような。


で、話が一気に複雑化しますが「本当は内部にあるはずなのに外部に託している」ということ。

つまり呼吸できるのにそれを知らずに人工呼吸器をつけているようなもの。




この原因はもう結論づけても間違いないんですが幼少期に責められすぎたんですよ。

内容の強度もそうですし頻度も半端ではなかった。

今この年齢になってよくわかるんですが「教えるのが下手くそすぎ」だったんです周囲が。

で、僕はそれに慣れてしまったので「上手い人」を自分から避けたんですよね。

これが「褒められたも全く嬉しくない」要因です。



そこで生き抜くために身につけたのが「責任逃れ」です。

普段から高頻度で責任追及されてるんだから、できる限り避けたい。

避ける方法は「相手が納得する」かつ「僕に責任がないと判断する」ようにわからせる。

だから「自分のこと」よりも「相手視点」を第一に考えるようになった。



それは実在する人間ではなくても「仮想相手」としても成り立つ。

自分の中で仮想の相手が納得するであろうことは安心してできる。




なんかもう少しなんですよね。

もう少しで「自分の責任」を掴みとれそう。

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