2019/3/22

自分の特徴を知る・・尊敬する人ばかり周囲に置く危険性  ふと思いついた事。


荻上チキさんが「自分の特徴を知り始めたのは成人以降」という発言を聞いて。


それが嬉しく。

僕も最近やっと知り始めたな、でもほとんどの人は幼少期に身につけていたんだなと思い込んでいました。

もしかすると荻上さんと僕が特別遅いだけかもしれませんが、それでも一人いただけでよかったです。




やっと最近その能力を身につけたのは「自分の脳から発信される言語・感情」を否定される環境にいたから。

さらにそれに対しての反抗を僕が怠っていたから。

理想と見せかけて実は弊害だな、と今回思ったのは「尊敬する=自分よりも優れているはずの人ばかり周りにいる環境」で生きていくこと。

「いろんな学びがある」とう長所がある一方で「尊敬するので自分の意見・意志よりも相手のそれに従う」ということ。

自然的に「自分を否定」してしまいますよね。自分を否定すること=価値ある行為と位置付けてしまう。




尊敬、と書くとなんだか素晴らしい人を想像してしまいますが、僕の使う「尊敬」には「畏怖」も含まれます。

「自分より力あるものに対して抱く感情」というのは共通していますが「暴力加害者」に対しても抱いてしまう。

僕の場合は「兄」がそれに当たりますが、暴力の危険性を通算1000度目くらいの「改めて」感じました。





もしかすると本を読んで一番良かったことかもしれません。

周囲の尊敬する人を超える尊敬の対象を見つけることで「周囲」を希薄する結果となり。

尊敬する人、中島義道なんですが遠い存在でお互いコミュニケーションも取らないので注意もされず。

するとこれまた「自然に」自分の感情や感覚を否定することの「価値」がどんどん薄まっていく。

「結局自分のことは自分でしかわからない」であり「自分の研究者は唯一自分だけである」という結論にたどり着く。




で、今。

多くの人が幼少期に習得済みの「自分の感情の発露に興味を持つ」、つまり「自分の説明書を作る」ことの大切さを知る。

これを知ることで他人からの「おかしい」なんて「俺の説明書と違う」に過ぎないと軽くさばける。

また行動意欲のにも繋げられるんですよね。

「普段やらないことだけど、これをやると自分はどう思うのか」って。

説明書埋め埋め。みんなが幼少期に埋めてしまったことを、やっと今埋め埋め。
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