2019/3/27

ハイスコアガール全巻を読みおえた感想  ふと思いついた事。



・当時のゲーム史を正確に記している。
・テクニックも実際再現可能で読者もそのすごさが伝わる。

上記二つがとても優れており僕の「偏見の壁」はすぐ崩れました。

壁とは「どうせ浅い知識を恰も伝説級に誇張表現しているだけだろ」「安っぽい知識を恋愛要素でカバーしているだ」という偏見です。


僕がゲーセン通いを始めたのはバーチャ4あたりか、つまりハイスコアガールは僕の1〜2世代前の話。

今はゲーセンが苦手になりましたが、小学生当時の僕はゲーセンでプレイしている人たちが輝いて見えて。

「通知表オール最高評価」よりも価値が高く、大人達から忌み嫌われているゲームを大人達が大勢している。

お金がかかる趣味でもあったので僕はみる専門でした。


ハイスコアガールはその当時の「香り」を思い起こさせる、また一つの歴史として知り得ない情報を知れた喜び。

今のゲーセンが苦手なのはオンライン対戦が盛んになった原因で人が少なくなり、またタバコの臭いに敏感になり三国志とか競馬とか大型筐体が多くを締め始めたからですかね。




理想の女性二人。

ゲームにハマる女性ってそれだけで魅力を感じる。

つまり僕のための漫画と言えるんですよね。

今までゲームが好きな女性は一人だけあったことありますが好きなジャンルが違いすぎたのと仲良くなりたくなかったのですぐ終了。

僕は読書中多くの割合をハルオ視点で読んでいました。

漫画の楽しみ方の一つだと思いますが「僕ならどうするか」という考えですね。


読んでると忘れてしまうのは「自分の責任」です。

キャラを自分に置き換える時「責任」を放置してしまう。だから大胆な行動を想像してしまいがち。

ハルオが大野さんにとった行動の多くの責任は重いがその分の代償をしっかりと享受している。

一方大野さんは責任をハルオに預ける形でコミュニケーションをとり、意図的に隙を作ることでハルオとの関係を深める。


日高さんは全て責任を負うような言動、この類はインパクトが大きく責められやすい「脆弱なコミュニケーション」と思われがち、側面がある一方で僕たちは「責任を持つ強さ」を認識しなければならない。


ハルオ視点で二人を分別すると

大野=おっかける対象

日高=おっかけられる対象

となります。僕はおっかけたいタイプなですが本作では日高さん派でした。

日高さんをおっかけたい派ですね。

おっかける、というのは「わかりやすい」故「他人から指摘されやすい」責任を負うんですよね。

「もっと〜すべきだ」「ひとりよがりだ」「メンヘラだ」とか。

でもやっぱり僕たちはそれでもその「ツッコマれやすい隙」を作った責任を負う日高さんを賞賛すべきなんですよ。

「ツッコマれやすい隙」つまり横槍を入れやすいって理屈よりも自分の感情を優先した証拠なんですよね。

政治とか科学でのルール決め・理論構築に「感情優先」だと大問題なんですが、個人の選択に感情優先ってすばらしくないですか。

日高さんはみんなから「なんでハルオなんかに?」とか「男きっかけでゲームにハマるとか」色々つっこめるんですよ。

僕はいじめ・排外のプレッシャーに負け感情優先の選択を否定しまった人生を送ってしまったので日高さんに惹かれます。



漫画の怖いところはハマりすぎると妄想が膨らみ脳に虚空を生み出すところですね。

この部分はきっぱりとフィクションとの境目を設けないと飲み込まれてしまう。



要するに僕はコアな格ゲーマーの若い女性が活躍する漫画が大好物ってことですね。

恋愛要素という好きな人ほどがっかりするテーマもありますがハルオという読者が「ゲームバカ」と信じられるキャラを構築した手腕。

だからこそ大野さんへの言葉の重みというのも同時に感じ取れるんですよね。



最終巻の大野さんが胸でハルオを吹き飛ばす描写なんですかあれ。

めっちゃ気持ち悪い文章を今から書きます。自覚があります。

ハイスコアガール自体「性の匂い」は僅かでマックスはハルオと日高さんのファミレス談義の時です。

大野さんに関しては全くない、というわけであるが「女性と男性」という人間の一般常識からするとどうしても匂わざるおえない。

度々発展しそうな場面がありますがどれも一歩手前、というか性の香りというよりか愛情表現。

その二つどう違うかというと性行為による快感が抜けているんですよね。快感重視による残虐性というか。

だからこそ読者は「もしハルオと大野さんがまっぱで布団の中入ってようがコトは起こさない」という確信を得ている。

そんな大野さんが女性の特徴とする胸でハルオを突くんですよ。

押切蓮介氏曰く「大野さんの胸の大きさの成長もちゃんと表現している」の通り確かにかなり大きくなっているんですよ。

その大野さんが女性の特徴とする胸でハルオを突くんですよ。

このシーンだけでなんだか二人の関係の深さ、関係の深さと書くと安っぽいですが、お互い体を己の快感の思うがままにすることはないという信頼関係がはっきりと見えるんですよね。

10巻の半分以上ただハルオが大野さんを追っかけるシーンなんですよ。

密度がない、という指摘はほんとやりやすい。

この疾走感を読書にも感じ取らせるそれまでの話の積み重ねに感謝ですよ。


ハイスコアガールは紛れもなく僕の中で重要な作品となりました。

僕の理想を発散させてくれた作品とも言えますが、人間の可能性を広げるという、僕だけかもしれませんが人類貢献をしてくれた作品です。


僕は何度も同じ作品を読むのは合わないんですよね。

何度も読むことで味がでるのは確かなんですが「粗」を勝手に見つけてしまったり。

3年。3年くらい時間が経って再び読み返すのは大好きですね。

ファーストインプレッションを思い出しながら味わえるんで。




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