2019/5/6

「経験から学ぶ」は超難しいことなのに「誰でもできる」と勘違いしている危険性  1日まとめ記事



経験が一番。

なんてよく言われていてそれに対して僕は「経験厨」と揶揄したくなる人が多勢います。


こういう人たちは「戦争を経験した結果、人間は愚かなので皆殺ししなくてはいけない」とかいう人も肯定するのかって話です。

つまり経験は人によって抽出する事柄が異なり「良し・悪し」が存在しているということ。



虐待された子供の問題にも関連しています。

「自分が悪い」「我慢することで強くなれる」「体罰は良きこと」と経験から学ぶ可能性。

知識、人権や個人の尊厳という概念を身につけていないとより悪化する経験。



「経験からの学びを適切に摘む」と言っても何が適切か、を判断するの本人次第。

ポジかネガか、善か悪か、利か損か。

個人のセンスに頼りっきりになるんですよね。

かと言って親とかの大人達が代弁者として「この経験によって〇〇を得たね」なんて与えると自分自身で経験の答えを探し出せない人間になってしまうんですよね。




「てことは、こどもは何も経験させないことが一番ってことかよ」ってことにもならず。

極端な回答がない、グレーゾーンを漂うしかない事柄。

ただ「〇〇の経験をした=すごい、偉大」とはならず、例えばほんの些細な「道路の脇に生えた綺麗な花を見つけた」経験だけでも人生に生かせる意味合いを摘む人もいるという話。

経験から意味合いを抽出することは難しい。



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