2019/5/21

現実は悲惨だらけだからあらかじめ悲惨さばかりを教えるリアリズム主義者  1日まとめ記事



「世の中はこれだけ危険だ」

「常に注意しないとやられるぞ」



僕はこんなことを幼少期に言われ続けました。

外へでかけホームレスを指差し「あんな人間になるんじゃないぞ」という定番から何か事故があったら「お前もいつかこうなるかもしれないから気をつけろ」と。


その教えが慣性のごとく今でも続いていて「社会に対する不安」を基盤にすることで身を守ろうとする。




今回気づいたのはこの教え方は無駄に恐怖を植え付け歪んだ性格にさせる方法だということ。

この教えによって「悲惨な出来事」に興味関心を強く持ち「教えは正しかった」という証明、ならびに反面教師にしようと試みる。

「なっちゃってリアリズム主義」です。


「人生がいかに悲惨なのか」なんて個人差激しいですし、毎日誰かが死んでいて未だ飢餓がなくならない世界を考えろといわんばかり。

「個人の楽しい人生」をぶち壊す教えです。

悲惨な出来事に遭遇するとスルーすることなく立ち止まり噛み締める。



逆に「人生はなんと楽しいものだ」と教えられた場合は悲惨なことがあっても「でも楽しいこともある!」と視野を広げることで前向きな解釈を試みる。

「なんちゃってリアリズム主義」は「それは甘えだ」「現実から逃げている」とか己の鋭さを披露したと言わんばかりのしたり顔で指摘。



経験した本人だけが答えをだせる「リアリズム」なのに、第三者がその答えを冷やかす行為はリアリズムじゃない。


悲惨な目にあっている人もいれば毎日幸せな生活を送れる現実もある。

ある一方の面を基軸としている考え、危険思想であり間違った認識です。
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