2019/9/13

挑戦する勇気がないのは金、周囲、ではなく結局自分、という結論に至った話  1日まとめ記事



■僕は何か「挑戦」をする度に周囲に笑われる人生を送ってきました。

応援、応援してもらった記憶がないです。

受験の時は「どうせ無理に決まっている」「時間の無駄」「調子にのるな」と。

笑いのネタにされるんですよね。「無理なことに挑戦する姿滑稽。」だと。


で、結局自分が挑戦する勇気をくじいているとはどういうことかと言うと、周囲の意見を尊重してしまった、ということです。

さらに自分もその振る舞いを学習し、挑戦者に対して「どうせ無理だよ」というスタンスが「会話の種」になるし「盛り上がるネタ」にもなるし「そうだよねー」と周囲の同調してもらい安全圏にいるんだという安心感になる。


他人の挑戦を笑う、というのは得になるんですよ。

そして「失敗」を望んでいる。

失敗により「あーやらなくてよかった」という安心、さらに投下される笑いのネタ、「反面教師」としての学習材料の獲得。

さらに黄金ワード「だからやめとけって言ったのに。」が使える。

失敗して弱った相手に「私の方が上ですよ」とポージングを決める。



挑戦をバカにし、笑い、失敗を望み周囲と共感し安全圏から眺める。

得が多いんですよ。

僕はその考えを取り組んでしまった。これが失敗。


挑戦者の利益。

失敗しても人の選別ができる、応援してくれたか笑いのネタにしたのか、成功したらその人たちと完全に境界線を引ける。

もう人間関係だけでもプラスなんですよ。

だから挑戦すべきです。笑いモノにされたらリトマス試験紙が反応したってことです。
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