2020/1/23

個性、凝る、力を入れる・・・どれもマイナス要因になってしまうのはなぜ?  1日まとめ記事

なぜって、余計なことになるから。


なんですか、もっと深掘りしたい。

深掘りして言語化して、当たり前の知識として蓄え人生に応用したい。



数学で例えると、答えが100の場合、

・単位をつける、A.をつけて見やすくする。
→「答え」という基本を強調、正確性を加えて見やすくする。


・101にしてみる
→ただの間違いになる。



え、なにこの例え。

記事を書くときいつも例えを何通りか書き「しっくりくる」もの以外は削除しています。

でも今回はまだまだ不可解な概念に対しての例えなので、消さずに何かヒントになりそう!ってことであえてそのまま記事化。


例えることで逆に分かりづらく恐れがありますが・・・そこは目を瞑って、考えながら書き綴ってます。



上の例えにもう一つ加えると、

・星やハートを書き解答欄を派手にする。(☆☆答えは100!だよ😍)
→正解は変わらないが見づらくなり他者からは反感を買う危険性がある。



個性、凝る、力を入るに置換。

・正解の視認性を上げる。

・正解が分かっているのに間違いを書く。

・正解だが視認性を下げ間違いだと指摘される恐れがある。


下記二つが「余計なこと」に分類される。強度は上の方が高い。。。と言えばそうですが下の方が「正解なのに」という点で余計の度合いが高めなのかも。


僕が最も多いのは3つ目ですね。

「個性」だったり目立とうとしたり。良かれと思ってやったことが余計分かりづらくなっている。

この場合は「正解がある」前提の話。正解がわかっているのならば視認性を上げるだけで十分、というかベスト。

フィギュアだと「台座を作る」ですね。



で、正解がない場合。正解がない場合・・。

最終的には「視認性を上げるだけでベストに仕上がる」が理想ですよね。ここはおそらく不変。

ここを目指した結果、削ぎ落としすぎて「100」だけになる、のは仕方がない範疇として認識。


いや、というか正解が存在しないので、人によって正解が違う。

だけどある一定の範囲には収まる、「振れ幅」がある。

虫といえば?という質問に対して「恐竜」はない。


なのでまず振れ幅を見つけること。そして絞りすぎには注意をすること。

振れ幅の視認性を上げる、とは。条件をつけるってことですね。





色々書いてきましたが、面倒になってきた、というか時間がなくなってきたので文章化を端折りまとめます。


・正解、振れ幅を求めるのが大前提。

・求めながらも「間違い」は「余計なこと」とカウントしない方がいい。

・余計ないことは「正解・振れ幅が定まった上での行為」を指す、ことにする。

・余計なことにならないのは「視認性を上げる」こと。

・「個性を出す」は視認性を下げることにつながる。

・余計なことに価値をつなげるならば、他者からは嫌われるし黒歴史になる覚悟、前提で挑むこと。

・視認性を上げる以外余計ないことだという認識を持つ!

・そして正解がわからない時に求めた結果「余計なこと」に属したとしても、正解を求めての結果なので「余計」ではない。
 
・「余計なことに属す間違い」と同時に正解にたどり着くためには、揺れ幅の範囲を拡大する、または結果が出るまでの期間を短くしその結果から仮説を立てて推測、正解にたどり着くまでのヒント数を増やす。




なんかありきたりになってしまいましたが、もっと深掘りしてみます。




<追記>

振れ幅を拡大して正解を導く。

・どれ正解でどれが余計かがわかる

・正解があったがどれが正解かわからない。


1つめは正解があらかじめ的確に用意されているもの。マーク試験。

2つめは正解が用意されておらず、用意されていても振れ幅これまた広いもの。英語作文試験。



1は理想形で振れ幅を拡大は正統。

2は振れ幅を拡大して網に引っかかったら、今度は縮小をする。

縮小をする場合は「縮小のスケール」と「範囲」の2つのパラメータを調整して探す必要性。


この場合「短期間でとりあえず結果を出して、そこから検証しヒントを捻出し想定してまた短期間で結果を出してみる」の方が効率および、正解が出るまでのノウハウを得られる。


範囲の拡大からの縮小も検証を繰り返すことでヒントを得られるが「運的要素」の配分が大きい。


ていうことは「短期間でとりあえず結果を出す」の方がいい?

「短期間」をもっと重要視した方いいのかも人生。



<さらに追記>

「これが正解だろ」という状態は拡大された範囲から縮小しあてはめようとしている段階。

つまり「正解の範囲」を外す可能性がある。


正解の幅、の認識を変える必要性。


「これは正解のはずだ」はまだ正解がわからない段階。

「正解の幅がわかった状態」とは「もはや当たり前」のレベルにまで自分に落とし込んでいる状態。

つまり「正解の幅を一度は経験、掴み取った状態」だということ。それ以前は全て正解とはいえない。


「正解の幅がわかった」と「正解の幅を通過した」は違う、個人的なニュアンス。


「結果」が出るまで「正解」がわからないので、やはり短期間で連続で行うことこそがいいのでは。

で、正解がわかったら視認性をあげることに専念をする。



<さらにさらに追記>


ここで問題が浮上。

「一度きり、失敗ができない問題に対して正解を求める」場合はどうしたらいいのか。

失敗できないので行動に移す前に練りに練って一発勝負・・・。


ではなくて。

よりその問題と似たケースを作って検証を行う。

模試とかですね。


本番とどうしても差異がでてくる。

なので「差異を縮めた高度な再現性」が重要な能力。

「短期間で検証可能」かつ「本番との類似性の担保」。



これを自らの手で作り出す、高クオリティで導き出す能力が非常に大事。

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