2020/5/30

落ち込む頻度と深度を弱める努力  1日まとめ記事


落ち込み深度とは、深いほど落ち込んだ状態からの復帰に時間がかかり自責が強くトラウマになりやすい、というパラメータ。


僕は頻度も高く深度も深い。

まだ人生あるのに、自分を責め続けてそれまでの行動を無意味とし、ただ時間が過ぎていく。

自責、を「人生で最重要行動」と位置付けている。

自責をすることで得られると思い込んでいること・・・

・成長(まず成長とは何かを理解できていないし「なんとなくいいもの」「できないことができるようになった」みたいな曖昧な意味合いでしかない)

・次は失敗しないという決意表明

・他人の納得



失うものは時間です。時間=寿命です。

時間を失っててでもする必要があるかと問うと「そんなはずがない」と即答。

落ち込む、って無駄なんですよね。

落ち込んでもお金はもらえませんし失敗は失敗のままで若返りませんし。



落ち込んでいる時って「ああすればよかったのに!」と自責するんですが、ならば一度思いついた成功プランを試す。

それでも失敗したら「ああすればよかった!」という自責は的外れだということがわかる。

また「ああすればよかった!」が思いつき再度試す。


これは時間がかかりますし「不可逆」だと無理です。

つまりやり直せる時間、資産があり可逆な事象以外は落ち込むってあんま意味見出せません。

他人に「あいつはがんばった」と思わせるだけのポージングが一番大きな意味に思えますね」。



落ち込む癖を直す。落ち込んだら「本当の自分はこんなもんじゃない」と守れるんですよ。

落ち込むべきところでけろっとしたら他人から「反省の色なし!」と責められても無視でいいんです。

「落ち込むものだ」という人類史で培われた伝統に染まっている人の意見。




最近、言葉は人間より強いという力関係だということがわかりました。

当たり前ですよね。言語は歴史が長くしかも大勢使っている共通概念であり、それが人間よりも強いのは。

人間が使っている言葉が強い、っていうのは変な表現ですが、言葉で操作できますしされていますし。


でも、これを理解した以上言葉の価値を下げないといけないんです。

もし悪口言われても「その場の勢いで言った」可能性を考えたり何を意図しているかと考えたり。

人間同士円滑な社会を築くための道具でありそれより上の力を求めるべきではない。

べきではないんですが、実際「考え方を変える」という言葉の変換によりがらっと人生観が簡単に変わったりするんですよね。


なので言葉の力強さは抑えられずこれからも人間より強大な力を持ち続ける。

だからイメージとしては暴れまわる馬の上にずっと乗っている、感覚。

コントロールできないので自分が慣れる、その動きに連動するしかない。



一緒に暴れて楽しむのでもいいですし、体を大きく揺らしながらもただ遠くをぼーっとみていてもいいですし。

言葉は常に思い通りにはならない。



話が逸れましたが、落ち込みをなくします。

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