2020/5/31

悩む、の生存行動においての価値をがっつり下げることにした話  1日まとめ記事



ガンダムからボールへ、まじでこれくらいに下げようかと


人生振り返るとなぜ「悩む」の価値がガンダム級だったのかはすぐわかりました。

勉強を教えてくれた学校や塾の先生が「悩むことは尊い」的なことを頻繁に。

僕は本来答えがわからない問題は秒ですぐ答えを見てなぜわからなかったか、を見比べていたんですがそれは「悪いこと」としてよく怒られました。

答えを見ずに「今持っている自分の力だけで悩み答えを導くこの時間が尊い」ということですが、無駄だったんですよ。

悩み続けてたらいつの日か相対性理論を閃くとでも思っているのかと。

格ゲーでいう「わからん殺し」だらけなんですよ勉強って。

もし答えを見て「あ、ちょっと考えたらすぐ答えがだせたのに!」と後悔したって、そのことに気づいただけでもプラスですし「本当に少し考えたら答えがだせた」のか証明不可能ですし。


なぜ塾講師がそんなこと言ったかは「塾をやめさせないため」ですよ。

答え見たらすぐわかって自力で勉強を進められる。

それだと塾の存在意義がなくなるので、わざと「まきびし」を撒いて子どもの勉強に対する自信に傷をつけてそれを治しましょう、という魂胆。








頭の中だけでの問題解決よりも実際に目の前で起こった現実の方が学べるし、悩んでいる時間がなくなるので時短にもなる。


悩むって、まぁ遊びですよ。本当に。

尊いことと価値づけている人はそのままでいいです。

僕はかなり下げました。悩んでいる時間あるならさっさと失敗して改善見つけてまたやって、を繰り返して知識をつけ続けるだけ。
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