2020/6/2

悩み=答えがあると確信している  1日まとめ記事



僕の悩み癖は悩む=尊いこと、という偏見から成り立っていて、これは周りからもそう助言されて僕が受けとることを選択した。

人から教えられる前からも「脳内だけで処理」をすることを好んでいたので「悩む」との相性がよかった。

というより「悩む」の概念を知る前から既にやっていて「これが悩むっていうのかー」という感じ。




またこの「悩む」について考えてみると、「悩んだら答えがでる」という迷信を信じているからだな、と。

しかし答えがない問題がほとんどですし、たとえ答えがあっても悩むことで正解にたどり着く、なんてこともそうそうないですし。


しかも「答えを当てるため」だけではなく「責任をどう逃れるか」と考えていることもある。



悩む、と書くと真っ当そうですが、僕がしているのは「既知の情報のみで時間をかけて考えるほど質の良い答えが出る、という物語の主人公を自分がそうだと思い込んでいる痛いやつ」なだけです。


だから無駄なんですよ。

今まで出会ってきた人の中に結構いたんですよ、全く悩みがない人。

話しててもどっこもひっかからないというか、「え、なんで?」とお互い首を傾げる関係。

「頭が空っぽだな」と僕は評価していましたがそういう人ほど社会的成功というか自立心が高く社会貢献度も高い。



空っぽじゃなくて「悩みに頭の容量を割いていないだけ」なんですよね。

僕にとっての「頭をよく使っている」は「悩みを抱えてる量の多さ」を表している。

悩みがない=何も考えていない、という偏見。

悩みに割かずに目の前のこと、将来の目的のための行動、日々の生活に集中している。

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