2020/6/4

集中と視野狭窄について僕の場合  1日まとめ記事


「集中!」

集中をすると上手くいかなかったことば上手くいく、真の力を発揮する、というイメージ。

これはアニメや漫画、ドラマやバラエティ番組はたまた小説だったり「集中力」を神格化し、それに影響を受けているから。

言語化された「力」を自分の感覚と当てはめ「これに違いない」と確信しあたかも全人類共通の感覚だと錯覚する。



「集中」でわからなかったことがわかるなんてないですし、頭の中で「集中しろ・・」と念じる。

だがこれは例えばテストでわからない問題があればただ「問題文の一文字一文字に目の焦点を当てくっきりと見えるようにしている」だけだったり問題文以上の意味を勝手に読み取ったりしているだけ。


「わからないことがわかるようになる」は集中ではありえないんですが、「わかることがわからなくなる」は集中の欠如で起こります。


集中、のように「能力が上がる概念」にすがりただただ時間を浪費するだけ、という事態が僕にはよくある。



集中は必ず「視野狭窄」に陥る。

他のことの情報処理ができずに「粗」に気づくことができなくなる。

なので「修正前提」の心構えは大事で、同時に「だから手を抜く」という思考は捨てなければならない。

つまり「今は最高の完成度!」でも次の瞬間「ミスが多い欠陥品」になるリスクが常にあるということ。


それを責めてはならず「人間そういう生き物だ」という割り切りが大事。

「ミスが多い欠陥品」になるのが怖く、手を動かす前に悩み続けるのは僕にとっては悪手。

得られる情報量が違いすぎるんですよ。

悩んでいる間の情報量は「既知」に依存するので「実際手を動かした結果」で得られる可能性がある未知の情報を絶対に考慮できない。


「最高」が次の瞬間「欠陥品」になる可能性はあるが、他にも「普通」「思ったよりは下かな」「やっぱ最高だ」と色々起きうるんですよね。

それがわかるかどうかは「実際手を動かして完成させる」しかないので、ミスしたらどうしようとか考えずに集中すること。

視野狭窄によるミスは後から修正すればいい。
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