2020/8/25

理屈が通れば相手の主張を封殺していい、わけがない。  1日まとめ記事


話をまとめる気も落ちも全くない、最近もやもやしていること。

理屈が通れば主張を塞いでもいいのか、という疑問。

疑問=否定、じゃないです。「どうなんだろうなぁ」という具合。

「あの雲の形、犬に似てない?」「いや、猫じゃないかなぁ」「いやいやうまじゃない?」みたいな感じです。




基本無料の課金を収益の主体としているゲーム。

このゲームに対しての文句、改善について「無課金がする権利はない。タダでやらせてもらってるんだから。いやならやめればイオい」という指摘。

「お金を払ってない」「無利益なユーザー」「文句の権利なし」、理屈が通るんですよね。

おそらく多く人がそうだそうだと賛同しますが僕は疑問なんですよね。

理屈が通る=主張はしてはダメ、というのおかしいなと。

文句言っても否定的な意見をどんどん言ってもいいと思うんですよ。



ほっとけというか、踏み込まなくてもいいじゃんって。

無課金だろうが無料だろうが、違法で無料ダウンロードして遊ぼうが「面白いかどうか」の感想は生まれる。

重課金勢との差は立場による感想の差。




金をかけている人ほど感想の比重が重い、という常識のような前提。

これもどうでもいいというか、受け取る側次第なんですよね。




なんですかね、だから何が言いたいんだよ!ていうことなんですけど。

理屈が通れば本人の主張、感想とか評価とかも封殺していいみたいな風潮が嫌だな、ていう感じですかね。

「己」の我がままを「みんな」の主張に変換している行為に思えてしまう。

重課金でめちゃくちゃ金払って楽しんでいるのに、無課金の奴が文句言うんじゃねえよ!でいいんですよね。

「感情的に嫌だ!」でいいんですよ。

感情を優先させると子供っぽくて馬鹿みたい、冷静さが欠ける面倒な人間みたいな見方がされがちですが。



まず感情を第一優先にすべきなんですよ。生物の知能の高さは感情の豊富さですし。


「ほっといてやれよ」ってことですね。それぞれ楽しみ方があるんだし。

指摘とかしなくていいじゃん、ほっといてやれよってなだけです。
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