2020/9/17

「できる人」の真似をして「できない人」なのに反復練習をさせるのは間違っている  1日まとめ記事



『要約(+補足)』

・「やらされている感」はまごうことなき「不幸」

・上手い人がやっているからという理由で指示される反復練習は「やらされている感」に支配される。

・「個々人の感覚」は言語化不可能なほど複雑なので自分自身で守らなければならない。

・失敗を怖がると「やらされている感」で覆い尽くされる。

・落ち込んだり不安でいっぱいになるけど「自発的にやってる」を掴み取りここに幸福を感じるようにする。







「やらされている感」がめっちゃ邪魔する。

個人的な話です。個人的な感覚。


何かを練習、習う時「できる人の練習」をそのままやらせようとさせられる。

やってる間僕は「これを続ければ上手くなるはずだ」と無心で取り組む。

だけどこれって確かに上達するんですが「広がり」がないんですよね。

モチベーションです。モチベーションが終わってる。



上手い人がしている淡白な反復練習って自発的なんですよね。

「やらされている感」じゃなくて「自らやっている」いて「なぜやるか」を感覚的に理解している。

「感覚的に」というのが大事で、言葉は個々人の感覚を詳細に表現することは不可能です。




「やらされている」と感覚的に理解できないまま「上手くなる手段のはずだ」という迷信的なジャンルに属してしまう。

迷信的に信じるので「自分流にアレンジ」もできず「源流の上達」じゃなくて「その反復連取が上達するだけ」になってしまう。

サッカーが上手になるためとリフティングの練習をやらされるとリフティングは上手くなるけどサッカーはうまくならない、みたいな。

リフティングは無意識でもボールコントロールできるようにして脳の活動量の効率化を目指すため、だと勝手に思ってますちなみに。



何事でも「教わる」場合は自身で自分なりにある程度学ばないと「やらされている感」がつもっていく。

それは不幸なんですよ。不幸中の不幸。

だから失敗をしてでも自分で歩いて「自分でやっている」割合を増やさないといけない。




上達のために反復練習を進める人は要注意です。練習に対して知識がない人です。

自発的に反復練習をするような、その人がまだ気付いていない面白みを教えてくれる人、これですね。

0



コメントを書く


名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ