2020/9/28

誰かを支配しようとする時、自分も対象に支配されている  1日まとめ記事



人生にとって大事なのは「支配度」をいかに自分だけで完結するか、ということ。

他人を支配しようとすると、同時にその他人から支配されることになる。


笑わせたい、喜ばれたい、となるとその人の基準で思考する必要がある。

基準、その人レベル。

いつの間にか「自分のレベル」が「その人のレベル」に置き換わり脳が支配されていく。



これをやめるために「自分を笑わせるため」「自分を喜ばせるため」を強く意識する必要性。


これを実践できているかを確かめるために必要なこととは。

「自分が面白かったこと」を「他人でも伝わるように、面白がれるように変換する」ことをせずそのままダイレクトに伝え、相手が不穏に感じたとしても「ああ共感してもらえなかったんだな、どうでもいいけど」と切り捨てること。



経験上こういう人が結構いた、というかほとんどそうだった。

出会うたびに「なぜ他人と共有できるように情報を付け加えたりわかりやすいように変換しないんだろう」と疑問だった。

客観性がない、相手と自分との情報量との差をわかろうともしないのであろう、と。




でも今考えるとそんな人達は「自分がよければそれでいい」を実践している個人主義者だったんだな、と。

単に考えが及ばない人、ではなくて自分がよければそれでいいを実践している人。




時折「話面白い!」と評価を受けていましたが、それは当たり前で話す対象用にいつもチューニングしていたから。

チューニングを全くせずに、自分だけわかればいいやの話を相手にして振り分けなければならない。

「楽に共有できる人」と「チューニングしないと共有できない人」を。

チューニングをしないといけない、つまりその人の思考に支配しなければならない。




チューニングして相手に好意を持たれるのと、素のままで好意を持たれれるのでは人生のクオリティに大きな差が出る。

理想論だと切り捨てられるだろうけれど、同じ人間なんだし素の自分と共感する人は必ず存在する。



全くチューニングする必要がないわけじゃない。

相手に伝わるように話そうとか、そういう時には「相手に思考に支配されようと自ら歩んでいる」という自覚を持つこと。

イメージですが。

「チューニングなしの素の自分」に戻れるように囲いをし、命綱をつけてチューニング側へ飛び込む。

「今わたはチューニングをしています」と強く意識。

「辛い」と思うだろうけど、それは命綱が機能している故。

「ふ〜辛かった!」という開放感を求めすぐさま素の思考へと戻ることができる。
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