2020/10/23

「自分すごい!」という自賛は守りに入り成長を遠退かせる  1日まとめ記事



今まで自分は極度に自信がなかったんだな、という再確認ができたとも言えます。


僕は近年何か目的を達成したり想定どおり物事が運べると「自分ってすごい!」て褒めてました。

それまでは押し殺していた感情だったんですが、勘違いでもいいのでちゃんと受け取るよう努力しました。

確かに効果がありまた自分を褒めたいために更なる行動に移すエネルギーになりました。

有名イラストレーターも「絵が上達する秘訣は『自分って才能ある!』という勘違い」とツイートしていました。




でも最近は「落とし穴があるな」という見方。


1)満足してしまう。

僕の中で満足は結構危ない感覚だと思っています。

向上心がそこで止まったり、数値でみたその日の成果が少ないのに反省しないとか。

他人に「どうぞどうぞ」と気分がいいので余計に譲ってしまうこともあるし。

お酒が好きすぎて依存症になってしまう人はお酒を飲む=満足するから、なのかなとも。

必ずしも満足=QOLアップとは限らない。

極度に自信がない人には必要だと思います。

だけどある程度自信がある人だと「あれ、思ってたポジションよりだいぶ下だ!」「ま、でも満足したしえっか」となりかねない。



2)守りに入り後に修正できなくなる。

後に「あれ、なんか変?」と気づいても修正するハードルがかなり高くなるんですよね。

褒めた過去の自分を「やっぱ勘違いだったな!」と裏切ることになりますし。



そして個人的な癖として最大限警戒しなければならないのは「褒める時間」です。

「満足する時間」と言い換えてもいいですが「よくがんばったな」「あの時のあれがよかったんだな」と悦に浸る時間。

これは食事は散歩、要するに他のことをしていても浸っている。

「極度に自信がなかった」証明とでも言えますが、自分を賛美することに慣れていないとできるだけ長く悦に浸りたくなる。

気持ち良さの刺激に慣れていないので中毒症状的なトロけ方をするんですよね。


学年で一番可愛いな、と思っていた女子が向こうから積極的にコミュニケーションを取ってきて「好きでたまらないの」と言われたどう思いますか。


極度に自信がない人生を歩んできた人が「自分が自分を褒めていいんだ、むしろ褒めた方が成長につながり行動意欲も湧いて良いことしかないんだ」という判定をした時、同じような気持ちになるんですよ。


そんな女子を後から「あれ、なんか変」と思ったくらいで別れることなんてできないです。

もっと素敵だと思う女子を見つけたとしても「付き合った過程」が素晴らしすぎるので不可能になるんですよ。

しかも結構な時間を使っているので。





極度に自信がなかった人、というか「極度に自信がない状態」に陥ってしまった人は「自分を褒める」この過程は絶対に通らないといけないものだと思っています。

まず「自信を得る方法」「自信自体」がわからない状態なので、何がなんでも実感する必要があるからです。

ある程度続けると感覚が衰えてくる、好きなクラスメイトがあちらから告白!?も20回経験すれば「またかよ」ってなりますよね。

というかむしろ「モテる側」だと自分を認識する。

「モテ側」になったら、自信がある程度形成された次の段階に進むために「自分を褒める」ことで満足してはいけないんですよ。


押し殺す。「自分ってすげえ!」と思っても次の瞬間「はい次の行動に移りまーす」と冷たく遇らう。



いちいち「自分はすげえ!」と思ってなくても良いくらい自分には自信があるんだ、という自覚が必要なのかな、と。




自戒です。

時短のために一々トロけるなってこと。

クオリティアップのためには完成→修正は個人的には絶対欠かせない。

なのにとろけると修正を怠る、というかできなくなるんですよ。時間が足りないとかで。

それを回避するためです。より成長するために。

自分を褒めても良いけど一瞬。満足してはダメだしすぐ忘れるくらいで。

それだけ日常茶飯事なことにすればいい。



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