2021/1/17

何かの感想、評論に「比較」を使うことでのメリットとデメリット  1日まとめ記事




比較をすることで文章力を補ってくれます。

ただの「好き嫌い」も「〇〇と比較して好き嫌い」と描くことで情報に立体感がでてくる。

また対象の独自の性質を理解するきっかけとなる。

10個の類似品を比較した結果、Aだけが唯一〇〇という性質を持っていてそこがよかった、とか。




語彙力の補助、言葉数の少なさや言葉同士の連なりのパターンの少なさからくる説得力の低さを補ってくれる。

以上がメリットとするとデメリットはなにか。





比較対象の選択を間違えると信頼性、説得力が欠けてしまうこと。

また聞いた人によって「比較対象の妥当性」の評価が変わること。

己でやめなければと思うことの一つに、例えば日本製のドラマをみて面白くなかったら「日本のドラマはこんなのばっか」と嘆く。

これは「日本のドラマを常に追っかけている」実績がないと信頼性に欠け、それまでの感想が面白かったとしても台無しにしてしまう可能性がある。

でも言いたいんですよね。日本のドラマの視聴本数は少ないけど印象としてそう記憶しているから。

ここが文章力の力量の低さが露呈するところです。





文章力が高い、文章の構成力が高いと「他人にショックを受けさせるような返答」をしても「それを補える、相手に納得させられるだけの文章の構成」ができる。

なので「日本のドラマをろくに見ていないのに、日本のドラマはこんなのばっかという浅はかな偏見」にも妥当性を持たせられる。




例えば「ここ10年以上日本のドラマをまともに見ていない。だけどNetflixオリジナルということで期待を持ち見てみた。自分がなぜ長期間日本のドラマを見なかったのかがわかる作品だった。」

こう追記することで期待を裏切られた悲しみからでたのが「こんなのばっか」という大雑把な括りなんだな、という意味合いとして使っていることを相手に知らせることができる。




以上比較を用いた文章のメリットとデメリット。

ちゃんとしたデータがない場合は逆に信頼性を失う、当然ですが。

ただデータがないのになぜそこまで断言できるのか?という隙を「あえて」作りそこをしっかり補えられると主張の軸の強さを相手に伝えられるのかな、と。


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