2021/4/16

「心配性」なのか「対策をしっかりしている」なのか  1日まとめ記事

(1)
心配性=悪いことだと漠然として価値判断をしてきましたが。

でも「対策」、格ゲーとか何かの試験だったりでは有用な特性なんじゃないかと思い始め。

心配性なほど対策が深掘りができるというか。

感覚的にできるんですよね。


(2)
心配性を軽減する感覚に従って準備すれば自ずと対策になっていくからです。

でもこの心配性、第三者からみたら「神経質で独りよがりな危険なやつ」と見られる場合もある。


(3)
軽減するためにあらゆる対策を講じると「やりすぎ」と批判されがち。

人によっては「しっかりと対策していて偉い」と高評価に繋がるんですが、そんな人ごく稀だなと。

本人にとっては意味があるのに「意味がない」と断じたり。

そんなふうに「お前は変だ」と言われ続けると「対策をせず心配を解消しない、見て見ぬ振りでごまかす」ようになってしまう。


(4)
過去にあまりにも心配でひたすら勉強していた時「お前は大丈夫だよ」と声をかけられたことがあり。

その時は何も思わなかった逆に煽りかと思ってましたが、今振り返ると数少ない心配性を肯定的に見てくれた意見だった。



(5)
最近実験的に心配性を利用した対策を試みたんですがかなりいい線いったんですよね。

他人から「やりすぎ」「おかしなやつ」と言われるだろうけど、本来みんなそのくらいするべきなのにただしていないだけまであると思えてきました。

長年自分の心配性は障害的な何かではないかと、家族に指摘されてそう思い込んでいたんですが。

この類を相談するなら同じレベルまたはそれ以上の人としないと「変なやつ」で終わるんですよね。



(6)
自分の感覚を最優先、と書くと頑固で独りよがりに思われますが。

でもこれは同時に「他人の感覚も尊重する」ことにつながる。

自分の感覚を守るためには相手の感覚も尊重する。

個々人感覚が異なることを前提にする考え。



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