2021/8/24

(無題)  1日まとめ記事



何か選択を迫られた時「自分で判断しなさない」と言われてきて。

幼かった当時「自分が選びたいように選ぶ」と親が悲しい表情を見せるので「自分が嫌でも親が喜ぶ選択をすればいい」ということにした。

我慢できず自分の選びたい方を選んだこともあったけど、十中八九悲しい顔をされたので今度はそうならないようにと反省を繰り返し。




今思うと「賢いこどもだった」と思う。

言葉そのまま受け取らず裏をちゃんと読み取れたこと、間違った選択をした時に責任を取れるのは自分ではなく親であると認識していたこと、親の表情に対しての敏感さを持っていたこと。

いわば「空気を読むスキル」を幼いながら習得、自分より相手を慮ることもできた、賢い子。



でも、この「賢い」は「支配層からの視点」。

「賢い」は色々な意味合いで使われていて「理解できないからとりあえず舐められないために言っておこう」とか「調子づかせ利用するため」とか。

当時の自分「賢い子」は「自分のため」よりも「他人のため」に重きがある。

金持ちが言うことを聞くメイドに「賢いねえ」と舐め回すよう目線を動かしながら褒めるみたいなニュアンスです。



当時僕が選択すべきだったことはただひたすら自分がいいと思ったことを選択し続けること。

これは「賢い」とは言えず「自分勝手」「バカ」と判を押される行為だけど。


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