2015/4/4

自分勝手とは。  心の叫び

人間の自己防衛本能に関しての話。


ある場面。スーパーのレジにて。
【状況】
タイムセールで店内で大勢の客が賑わっている。レジにも長蛇の列がつくられおり、籠の中は商品でいっぱい。会計を済ます時間は一人当たり2、3分はかかりそうだ。
【店員】
今回は30代そこそこの女性。毎度の事で慣れているはずだが持ち前の「気持ちの弱さ」により慌てふためく。内心「泣きそう」な状態。人と接する事が基本苦手で、自己顕示欲が強い人間はもっと苦手。自分に危害を加えるものからは関わりたくないと常日頃思っている。
【客層】
40代後半以降の中年主婦層が大半。時々学生と思わしき若者がちらほら。「早く帰らないと夕食の支度ができない!」と気持ちが焦る人や、「欲しい物を買えた。」と自信の努力に対し悦に浸っている人等様々。中には「暇だから寄ったらタイムセールに遭遇してラッキー。」という人も。


前提条件終了。そんな中、ひとつの事件、は大げさですが問題が起こります。
【問題】
どうみても未成年、高校生にしか見えない若者の集団が酒類を籠一杯に入れ会計にきた。容姿は黒髪が1人もいなく長髪から短髪までカラフルの髪色。ピアスをあけネックレスをし、眉毛は爪楊枝程の細さ。聞こえてくる台詞は「ヤバい!ヤバい!」ばかり。「はよ終われやくそババア」という声も聞こえてくる。


さて、その「問題」がようやく会計の番に。店員はほぼ無心状態で商品を読み取ろうとした瞬間、客の顔が視野に入り「未成年に酒類を売るのは絶対駄目!」と店長に口酸っぱく忠告されたことを思い出す。

「あのー」そう言うのと同時に目線を商品から客に向けた瞬間「どきっ!」と心臓が萎縮した。

「私の苦手なタイプの人間だー。」
しかし、ここで口を止める訳にはいかない。「お客さん、おいくつですか?」

案の定【問題】は「えっと20歳やけど?」と誤摩化す。
しかしどうみても未成年。時々大人びた高校生がいますが、声、見た目、肌ツヤ、全てにおいて未成年とわかる。
どちからというと「小学6年生」のほうがしっくりくる容姿なのだ。


■ここからが分岐点です。

1)そのまま、無理矢理納得し会計を続ける。
※店員の気持ち「まだ後ろにたくさんのお客さんがいる。この人たちだけに時間を割くのはいけない。」

2)頑に商品を売れない事を告げる。
※【問題】それに対抗する。後ろの客からは「ああもうなにやってるのよ!」と怒りの声が聞こえる。

3)店長に申し付ける。
※「少しお待ちください」と客を待たせ後ろの客に「【問題】が悪い。」と暗黙の了解のように知らせる手段でもある。

4)その他
※今回はあまりここについて取り上げない。



もし自分なら間違いなく(1)です。まさしく「自己防衛」。

店の事情なんてしっちゃこっちゃない。自分に危害が加わらないのならばどうなったっていい。潰れたって良い。
それより、今自分が置かれている状況からいち早く逃げたい。傷つけられたくない。

そうです、「傷つけられたくない。」、自己愛が強い人は(1)を選ぶ筈です。もう傷つきたくない。。。
「自己愛」が強い人は過去に強い「傷」を付けられた人といっても過言ではありません。
というのも、全く傷ついていない人は「傷がつく場面」がわからないからです。
どうしたら自分が傷がつくか分からない。だから積極的な行動、道徳的な行動を率先してできるはずです。
「後ろの客に愚痴を言われたら自分が傷つく。」
「年下に自分が反故のような扱いされたら傷がつく。」
「大声だされたら傷がつく。」
「自分は皆から平等に好かれなければならない。」
そんな「自己防衛」ともいえる「自己愛」が発動するのです。

(2)頑に商品を売れない事を告げる。
これは人として「できている」と評価される行為。ただ「融通がきかない」と批判されがち。
後ろの客からは「そんなことどうでもいいから早くしてくれ。」とまさに「自己中心的で短絡的」な台詞を吐かれまし。
しかし「自己中心的で短絡的」な意見が「悪」かというと決してそんなことはない。これも一種の「自己防衛」だからです。ただこの自己防衛を「自己+他己防衛」と勘違いすると腐乱臭を放つ「悪」に変貌します。
「本当に!先に私を会計してよ!!ねぇ奥さん、そう思わない?」「いえ、私はまてますよ。」なんてあったら対立関係を生んでしまいます。この危険性を知らないのは非常に危険です。

が!!!!ですが、「自分の意見を押し付けると対立すること」を知らずに使い、見知らぬ人と対立関係になると「相手」を一方的に悪者にします。これも「自己防衛」です。「自己愛」です。(1)の店員と何ら変わりがありません。

店員視点に話を戻しますと、この時の心境は「ルールを守る事が第一。」と、正義感に燃え「正常」な道徳教育を受けて、「責任感」に燃える優秀な人間だと言えます。ルールを守らない人は誰であっても許さない。仕事を全うするだけ。

しかし、ここでひとつ問題が。「自分が傷つく」ことを知ってしまう恐れがあります。
それは「【問題】からありもしない暴言を吐かれた」ことによる、
それは店長から「後ろのお客さんのこと考えろ!一組くらい目を瞑れ」と言われたことによる自信喪失、
それは「後ろの客から融通が利かない無能扱いされた」ことによる、
様々なことが考えられます。そんなことも気にしないどんなに罵倒されても「傷つくがそれを恐れない」人間だとこの世はなんと生き易いものか。


3)店長に申し付ける。

(1)の次に自分がしそうなことです。
責任放棄とでもいえるでしょうか。
とりあえず「その場」から逃げ客の声を耳に入れられない場所へ移動、店長に責任転嫁する。
そこで店長の発言にも注目。分岐できます。
1、「俺が変わりに言ってきてあげる。」
なんと頼もしい!!店長にお礼を言わないと!ああ、この選択をして良かったなと安堵します。

2、「一組くらいいいじゃない?」
これげ世の中か!と絶望するのか、まぁそうでしょうね。私もそうします、と納得するのか。
ただ、空けていたレジに戻り「今回だけですよ。」を聞いた他の客はどう思うのか。苦情もんです。

3、「だめっていっといて。」
この店員によって一番難しい選択かもしれません。責任転嫁したい程嫌な状況なのにもかかわらず、「頑に断れ」と上からの命令。レジに帰る途中で泣き出しそうな心境です。心はボロボロ。もう立ち直れないかもしれない。しかし、ここで押し通して想像より被害が少なかったら「あ、案外意見を押し通せるものなんだ。」と自信がつく可能性もありますよね。


というような、以上が今回書き留めたかったことです。
「自分を好きになる。」
「相手は聞く耳をもつ。」
「客観的に正しい意見と自分との意見を照らし合わせる。」
以上のことができれば、日常生活も楽しくなるのではないでしょうか。

ちなみに現在僕はどれひとつできていません。
生き辛いです。とても。とっても。
0



コメントを書く


名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ